渋柿のSS講座(第5回)「美人という言葉」
日和佐 潤さんの出題である、「美人を美人という言葉を用いずに描写する方法」とは、久美沙織さんの「新人賞の取り方教えます」という本に出ていたテーマでした。したがって、このままお題に用いるのは差し障りがありますので、今回は「美人という言葉」について考えていくことにしましょう。
そもそも、美人という言葉はなんでしょうか。
普段、「美人」をどんなときに使っているのか、を思い合わせてみるとわかりますが、「美人」とは美しい人に対する感嘆の表現なので、口から発するときにこそ、意味を持つ言葉なのです。言葉なら人は振り向きますが、小説は文字の集まりなので、「美人」と書くだけでは反応しにくいのです。
それを踏まえて考えると、「美人」を「美人だ」と書いても、読者の想像力を掻き立てることは無理である、という事がわかります。描写のコツは、生の言葉を使わないことにあります。「美人」という言葉は便利ですが、その便利さに惑わされてしまうと、キャラクターの描写を怠ってしまう結果になるのです。
キャラクターの描写を試みることは、読者の、キャラクターに対する感情移入を高めてあげるために行う、ことです。したがって「美人である」という綴り方では、書き手の中にある情報を、読む側に述べることが出来ません。
彼女(または彼)がどの様に美しいのか、読み手に伝える描写をしないと、読み手はその容姿について、気に留めることが無いのです。
思い浮かべてみますと、「美人」にも色々なタイプがいます。たとえば、彼女(または彼)の髪の色や形はどうでしょう。金髪の美人、セミロングの美人など、色々と付け加えられる言葉がありますね。
では、瞳の色は? 肌はどうですか?。
ここでフルメタ(疾るONS)に例を求めますが、賀東招二さんがテッサをどの様に表現したか、考えてみましょう。彼は、宗介やかなめを使って、読み手をその気持ちに引き込むことによって、「テッサが実に魅力的な少女である」ことを伝えようとしています。
テッサの質問に答える宗介を困惑させてみたり、テッサがバスルームに入っている間の宗介の心象を描写してみたり、かなめがテッサを見てどういう行動を取ったかを示してみたり、さらにはその心中に立ち入ったり、と、様々に述べています。
このように、テッサを見た人間の心象に立ち入ることで、彼女の美しさを読み手に伝える手法は、読み手にわかりやすい上にキャラクターを立たせる、という一石二鳥の効果があるのです。
どうしても人物描写の手法として「美人」という言葉を使いたい、とお考えの人には、本文ではなく、登場人物の会話で「美人だ」と言わせ、その後に容姿の描写を綴って行くやり方を勧めておきます。
以上で終わります。渋井 柿乃介でした。