| ＯＲＡＣＵＬＡＲ‐ＷＩＮＧＳ■ |
| ■お空を飛びましょう？■ |
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| 「んあ？ あれ、鈴花じゃねえか？」 クルツが空を見上げていった。今日は晴天でメリダ島基地はうだるような熱さだ。 マオとクルツと宗介は、特殊対応班（SRT）要員に下された「一日五㎞完走せよ」のノルマをクリアした後、自分たちのオフィスに帰るところだった。 演習場からオフィスまで、かなりの距離がある。 そんな時、クルツが空を飛ぶGull（ガル）を発見したのだ。白い翼にペイントされた番号は「９」。 「手を振っているな」 宗介がまぶしそうに空を見上げる。空高く飛んでいた白いGullは、高度を下げこちらに向かって降りてきた。 その間に操縦者はヘルメットを取り、黒い髪を風になびかせた。 「どうしたの、三人とも疲れた顔しちゃって」 無事着陸したパイロット、橘 鈴花は小首を傾げてたずねた。美人の割に行動や仕草が幼さをおびているから、二十一歳には見えない。 そのとき、クルツが顔を輝かせ、ぽんっと鈴花の肩をたたいた。 「鈴花、おまえ、これから暇？」 そうたずねるクルツの表情は輝いている。鈴花は何を頼まれるか想像はついたが、あえて返事をする。 「うん。暇と言えば暇だけど……」 「じゃあさ、それに乗せて俺たちのオフィス近くまで乗せてってくれない？」 「えーっと……、いいわよ。格納庫に行く途中によれるから」 よっしゃ！ と握りこぶしを作るクルツ。そのクルツの仕草が日本人のようだったが気にしないことにする鈴花。二人は握手をした。 「あんたばっかりズルイわよ！」 「橘に迷惑がかかるとは思わないのか、おまえは」 マオと宗介が、非難の視線をもってクルツを見る。 クルツは「だってよー」と不平の声をあげる。 「まあまあ、皆乗れるから。それでいい？」 鈴花は最初からそのつもりでいたのだが、マオと宗介には伝わらなかったようだった。確かに、Gullにはせいぜい二人しか乗れないように見える。 鈴花の言葉に、マオは、 「やった！」 と歓声を上げ、宗介は、 「俺も乗るのか。いいのか？ 乗っても」 と、こめかみを掻いた。宗介もGullには興味があったらしい。 「なんとかなるでしょ」 結局三人とも乗ることとなった。 右翼にマオ、左翼に宗助が腰掛けるように座り、鈴花の後ろにクルツが座った。両サイドがマオと宗介なのは、重さのバランスを考えての事だ。 「じゃ、行くよ」 エンジンの駆動音とともに、Gullは前進を始めた。そのまま地面の上を走り続ける。 いつまでたっても空に向かって上昇しないことを不審に思い、クルツが鈴花を振り返った。 「なあ、飛ばないのか？」 「うん。定員オーバーだしね。なに、飛びたいの？」 「だって、それ目的だったのにー」 不服そうにクルツがむくれる。 「そっか。じゃ、飛ぶ？」 「え！ 飛べるのか！？」 とたんに元気を取り戻すクルツ。 しかし、マオと宗介は、一瞬鈴花が浮かべた表情を見逃さなかった。 「…マオ、今の見たか？」 「…ええ。ニタリ、キラリってのが見て取れたわね」 ニタリ、は鈴花が浮かべた腹に一物ありそうな笑み。キラリ、は彼女の目が浮かべた策略めいた光を指す。一瞬だったが、宗介とマオはそれを目撃していた。 マオと宗介はお互い見合い、同時に鈴花を振り返った。 その視線を受け、鈴花は華やかな笑みを浮かべた。 「大丈夫よ、心配しなくても。一緒にお空を飛びましょうね？」 マオと宗介が何かを言う前に、鈴花は予備の固定ベルトを二人に渡した。 このベルト、腰に巻くタイプの物で、先にフックが付いている。 「装着が終わったら、そのフックをここに引っ掛けてね」 鈴花が、操縦席の両サイドにあるロールバーを軽く叩いて示す。 クルツは、備え付けの二人乗りの時に使う固定ベルトを身につけ、準備万端整っている。 不安に思いつつも、マオと宗介はその固定ベルトを身につけ、フックをロールバーにかけた。 鈴花はそれが外れないかどうか、何度か引っ張って確かめる。 そして、ようし、と呟き座席に深くまたがり前屈みになった。 「じゃ、行くわよ」 明らかな定員オーバーの上の飛行。まず浮くことさえ無理なのだが、鈴花はあえてそれを三人に伝えなかった。 だんだんと速度を上げ走り始めるGull。先程の速度より、遙かに速い。 そのうちに、安定が悪いのかがたがたと機体が揺れ始めた。 地面がでこぼことしているのも理由にあがるが、それだけではない揺れである。 異常な揺れに、マオ、宗介、クルツは、ベルトを固定したロールバーにしがみつくように掴まる。 と、突然ぐんっと加速した。機体の後尾につけられている緊急出力用固形ロケットが作動したのだ。 揺れは強まる一方。息も苦しい。 「た、たちば…」 「歯ぁくいしばっときな！ 舌噛むよ！」 宗介の声に、鈴花はそう物騒な返事をよこした。 揺れが今までにない大きな物になったとき、ふっと四人を浮遊感が包んだ。 「へ？」 呆気にとられたように、クルツが呟く。 「飛んでる？」 驚いた様な声が聞こえる。マオだ。 機体は地上三メートルの位置を飛んでいた。 一瞬、揺れが止まる。 が、しかし。 くどいようだが、揺れが止まったのは一瞬なのである。 こんどは上空でも揺れ始めた。翼の上に人が乗っているから、気流が乱れるのだ。機体が上下左右に揺れている。 そうこうしているうちに、Gullは地上に着陸した。 実際に滞空していた時間は、二〇秒も満たないだろう。 空に舞い上がるというより、地面の悪さに機体が跳ね上がった、というのが正確なのかもしれない。 がこん、という強い衝撃の後に機体は着陸した。まだしばらく揺れが続く。 速度がぐっと落ち機体が静止したのは、それからしばらくしてからだった。 そこは、目的地でもある、オフィスの近くにある出入り口前だった。 三人はいささか顔色を悪くしながら、固定ベルトを外し、地面に降りる。 鈴花も、彼らと同じぐらい顔色が悪かった。 「いやー、やれば出来るもんねぇ～」 感心したように呟く鈴花。 気楽なことを言う鈴花に、クルツが恨めしそうな顔を向ける。 「出来るもんねぇ～、じゃねえよ。出来ないなら出来ないってハナから言えよ……」 「ASよりひどい揺れだったわね……」 深々とため息をつき、マオが言う。 「荒野を走るジープと一緒だろう」 はふ、と軽くため息をつき、空を仰いだ。 空は、明るく澄んでいる。普通に歩いた方がよかったな、とも思ったが、宗介はそれを口に出さなかった。 鈴花は三人の恨めしそうな視線を受け、あはは、と愛想笑いを浮かべた。 「わかったわかった。んじゃ、今度は一人ずつ空を飛びましょ。これなら揺れないから」 「ほんとに揺れないのか？」 クルツが不審そうに鈴花を見やる。鈴花はにっこり笑い、 「ええ。今日みたいな揺れ方はしないわよ」 と請け負った。にわかに元気が戻るクルツ。 「じゃ、その時は声掛けてくれよ」 「うん、わかった」 にこにこ笑顔の鈴花。二人はどうする？ といった視線を向けたが、マオと宗介はうんと言わなかった。 嫌な予感が、したからである。 「じゃ、また今度ね」 じゃあなー！ とクルツが手を振る。マオと宗介も軽く鈴花に手を振った。それに対して手を振り返し、鈴花は三人を見送った。 彼女はふっと笑みを浮かべ、 「今度は戦闘を想定した訓練に付き合ってもらおっと！」 と、とんでもない発言をさらりと言った。 鈴花の言う『戦闘を想定した訓練』とは、『戦闘中を想定した負傷者運搬の訓練』のことである。 『戦闘中を想定した負傷者の運搬』は普通時の訓練より困難を極める。 実際は負傷者を運ぶことはない。通常は負傷者の発見のみでGULL部隊の役目は終わるのだ。Gullは安定性があまりよくなく、慣れた人間でも他者を乗せて運ぶのは神経を使うからである。 しかし、救援が間に合わずまた負傷の程度が軽いとき、緊急時はGullで負傷者を運ぶことがあるのだ。 その訓練は、戦闘回避に重点をおいて行われる。 なるべく穏便に移動するのが普通だが、訓練時はGullになれていない人間がどれだけ飛行に耐えられるかを試すことにも重点がおかれる。 よって、今現在の『戦闘中を想定した負傷者の運搬』の訓練は、『Gullになれていない人間を後ろに乗せて戦闘回避をする』と同意なのだ。 Gullに乗り体剥き出しの状態で高地を移動することに慣れていない人間を、つきあわせようというのだ。付き合わされる者はたまったものではない。 今までは、主にGULL部隊のメンバー同士で訓練していたので、バランスのとり方が容易だったが、それだけでは訓練にならないことをGull部隊は知っていた。 もちろん、今までにそれに付き合わされている人間は何人かいる。が、皆口をそろえて「地獄だ」と言うのだ。まあ、わからぬでもない。 Gullに乗ったことのない人を乗せての訓練は、これからも進めていかなければならないプロジェクトなのだ。 翌日、ＳＲＴのオフィスに、一本の電話がかかってきた。 それを受けたのはマオであった。 マオは電話口でいくつか言葉を交わした後、デスクワークに腐っているクルツに向かって声をかけた。 「クルツ、鈴花から連絡あったわよ。これからGullの飛行訓練があるんだけど乗せてくれるって。行ってきな」 「ワオ！ 行く行く！ 場所は？」 「こないだ私達が走った演習場よ」 「オーケー。じゃ行ってくる！」 机の上でだらだらと書類書きをやっていたのが、うってかわって、クルツは喜び勇んで外に駆け出していった。 「ご愁傷様」 そうマオがつぶやいたのを聞き取ったのは、そばにいた宗介だけだった。 この日、クルツは鈴花の操縦するGullに乗せられ、はるか上空を飛んだ。 彼が厳しい戦闘回避訓練――高速飛行やきりもみ落下――などを体験させられたのは、言うまでもない。 〈完〉 |
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あとがき こんにちは、朝東風春海です。 この度GULL部隊の設定が変わることになりまして、そのためSSを修正いたしました。 今後このようなことが無いように、精進いたします。 橘鈴花初登場の巻き、でした。クルツくんがひどい目にあっている気がしないでもないですがまあ、ご愛嬌ということで（笑） ではでは、楽しんでいただけると幸いです。感想、批評などいただけると必ず小躍りして喜びます。 最後に、この作品を書くに当たり協力してくださった方々に、感謝の意を表します。 ありがとうございました。 |
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