ORACULAR‐WINGS■
 ■女の子の事情■    <御約束のパターン>


メリダ島基地内食堂にて。PM13:30。

「にしても、珍しいな。スズカとここで会うのは」
 適度に空いた食堂内で、鈴花は六人掛けの机に一人で座っていた。
 彼女に声をかけたクルツは、そのまま鈴花の前に座った。ただ単に知り合いがいたから同席したといった様子だ。
 鈴花も得には気にしていないようだ。かまわず目玉焼きにフォークを突き立てる。
「そうね。どうしたの今日は」
 そう問いかけ、卵を頬張りながら鈴花はクルツを見る。
 クルツはホットドッグをぱくつきながら、自分の後ろを指さした。
「ああ、演習が長引いてな。もうすぐマオとソースケもくるぜ」
 示された方向にマオ達が立っていた。こちらに気づいて近寄ってくる。
 鈴花は自然に笑みを浮かべ、手を振った。
「ちょっと聞いてよスズカ!」
「どうしたの?」
 のほほんとした雰囲気をまとったまま、のんびりと鈴花はマオの言葉を促した。
 マオはフォークを勢いよくポテトに突き刺し、力説を始めた。
「今日の演習最悪だったの! 雨が降ってECSが使えなくなったし、銃弾がうまく発射されないわ、地図上にない新しい沼が出来てるわ、予想外のことばっかりで終わったのがついさっき!」
 口の中の食べ物を、咀嚼し飲み込むマオ。
「天候の荒れはしょうがないだろう。銃のトラブルは整備ミスだし、沼の出現も落ち葉で見えなかったのが原因だ。なにをそんなに怒っているんだ?」
 宗介がパンをかじりながら言う。
 マオは、思っていたことを吐き出したせいで幾分か気が済んだのか、落ち着いた声を出していった。
「……まあ、しょうがないのはわかっているんだけどね。まったく…」
 そういって食事に戻る。その様子を、変わらずのほほんと眺める鈴花。
 ふと、クルツが突然真面目な顔になった。彼の雰囲気が変わる。
 その様子に、何事か? と三人の視線が集まった。
「マオ姐さん、あんたもしかして、せい…!」
 最後まで言う前に、マオが容赦ない鉄拳を振るう。避けきれなかったクルツは、最後まで言葉が紡げなかった。
 鉄拳を食らった頭を抱え込み、悶絶したクルツは、机の上に突っ伏した体勢からマオを見上げた。
「だってよー。女がイライラするといえば、あれしかないじゃんよ」
 まだぐちぐちと呟くクルツに、宗介は、「やれやれ」といったようにため息を寄越す。
 マオは、鬱陶しい! とばかりにクルツの足を踏みつけた。
「ちぇっ」
 と呟き、クルツは食事を再開した。
 そのやり取りをそばで見ていた鈴花は、くすくすと笑うばかりだ。
 この三人のやり取りは、とても心の和むものだからだ。
 いじけていたクルツが、そういえば、と鈴花を見た。
 にやり。と不穏な笑みをその顔に浮かべる。
 鈴花は嫌な予感がした。
「そういえば、スズカお前ロイのこと好きだろ」
 爆弾発言である。 
 ぴたり。と皆の思考が止まった。唐突すぎたのだ。宗介でさえ固まっている。
 宗介が固まったのは、場の緊張に驚いてのことだ。
 数秒間の空白の後、いち早く立ち直ったのは、マオだった。
 クルツとマオは、ひやかしモードに突入した。
「なんだー、そーゆーことだったのー?」
 明らかにからかいを含んだ声がマオから発せられる。
「『好きな相手ほど喧嘩する』とかいう実例だなぁ、スズカ」
 へらへらと笑いながら、クルツが頷く。
「……え? うあ、ちょっと、あの」
 咄嗟のことで、言葉が浮かんでこない鈴花を後目に、マオとクルツは「お似合いだ」の「照れちゃって」などと彼女を囃している。
 いまだに固まっている宗介は、思考の海へと沈み始めていた。

(好きというのは、いわゆる恋愛感情などと呼ばれる、あれか? しかし、橘は優秀な軍人だ。そんな感情を持っていれば戦闘時に困ることになるから、そんなことあるはずはない。それで失敗してきた兵士を俺は知っている。例えば……)
 などと、宗介の思考は彼らしい内容で回転し始めた。しかも無表情だ。そこはかとなく冷や汗をかいているようだ。
 それは、学校でかなめが恋愛云々の話になったとき、常磐にかみついていたことを思い出してのことだ。
(俺を話題としていたようだったが、何故かなめはあんなに怒っていたのだろうか……)

 と、その思考がさらに明後日の方向に向かおうとしたとき、ぴいん、という不吉な音がした。 
 宗介はその音を聞き、無意識に思考の海から抜け出した。なにやら危険が感じられたからである。
 視線を辺りに配ると、鈴花とクルツは立ち上がり、なにやら戦闘態勢となっていた。
 先程の音は、鈴花がにっこり微笑みながら、時計からワイヤー(斬鋼線)を引き出した音だったのだ。斬鋼線とは、あらゆるものを斬りとばす物騒な細い鋼鉄線のことである。鈴花がいつも常備している武器だ。彼女の時計の中に仕込まれている。
 顔が笑っているぶん目が本気なので、かなり怖い。鈴花の操るワイヤーの効果を知っている分、普段は暖かい空気をもたらしてくれる彼女の笑みは、かえって恐ろしい物となっていた。
 きゅい! と小気味いい音を立てて、ワイヤーが引き絞られた。
「ひとぉつ、人世の生き血をすすり……」
 じりっと一歩踏み出す鈴花。それだけ分クルツは後ずさりした。
「ふたぁつ、不埒な悪行三昧……」
 ざっと二人の距離が縮まる。
 クルツが溜まらず声を上げた。
「そのフレーズがどーゆー意味か、わかる自分がなんかいやだ!!」
 引きつった笑みを浮かべ、そう叫んだクルツは、なんとか鈴花から距離を取ろうとした。
 しかし、同じだけ鈴花が彼に近づいているのだから、距離が離れるわけはなかった。
「何事だ?」
 声を潜めてマオに問う宗介。マオは軽く肩を竦めて、
「スズカの怒りの琴線に触れちゃったようね」
 と人ごとのように言った。口を封じてしまえ、との魂胆らしいわよ。とマオは付け加えた。
 確かあんたも参戦してなかったか? と宗介は思ったが、口に出さないことにした。
 巻き込まれるのはごめんである。
「みいっつ……」
 さらにクルツとの距離を縮めたとき、クルツの表情が変わった。
 それをいぶかしんだ鈴花の頭の上に、ぼん、と衝撃が走った。
 どうも食器を乗せるおぼんで、軽く頭を叩かれたようだと彼女は認識し、そのままの表情で後ろを振り返った。
 そこに誰がいたのかはお約束♪
「食堂で暴れるな」
 呆れた顔して立っていたのは、ロイ・カーディ本人であった。先程の話題の中心人物である。
 タイミングのいい奴ね、とマオはひとりごちた。
「何であんたがこんなところにいるのよ」
「いちゃ悪いか」
 鈴花はとりあえずワイヤーを収め、ロイに向き直る。
 鈴花の意識が自分からそれたことに、しめた! と思ったクルツだったが、鈴花に微笑まれて意気消沈する。
 事の追求がまだ終わっていないことを、その微笑みが告げていたからだ。
 その様子を訝しげにながめ、ロイは言った。
「ウェーバーをシメるんだったら外でやれ、外で」
「了解」
「あんたが許可出すな!!」
 クルツは言ったが、ロイは聞いていなかった。
 何事もなかったように、仲間の所へと向かっていった。
 それを見送り、鈴花はため息をついた。
 そしてクルツを見やり、再びため息。そこから不穏な空気は、すでに読みとれなくなっていた。
「あーもー馬鹿らし」
 自嘲の笑みを浮かべ、再び席について食事を始める鈴花。クルツも席に戻る。
 その間に、マオと宗介は食事を済ませ、食後のコーヒーをすすっていた。
「からかって悪かったな」
「いいよもう」
 仲直りの握手〜と、鈴花とクルツは握手した。
 その後、何事もなく昼食はすみ、各々自分の仕事に戻っていったのだった。

 後日……

「クルツ、どしたのそれ」
 首を二周している細い線状の赤いあざを見て、マオが問いかける。
 クルツは苦い笑みを浮かべ、
「今朝な、昨日のことでからかったら、鈴花にシメられちゃった」
 といった。結局鈴花にシメられたのである。
「あんた馬鹿?」
「言うねえ、マオ姐さん。ってか、どうしてあんたは仕返しされないんだかね」
「そりゃあたしの普段の行いが良いせいよ」
 そううそぶいて、マオは書類に目を落とした。
 クルツは大きく伸びをする。
 いつも通りの一日が始まろうとしていた。

<完>



あとがき
 っかー!! 恥ずかしい!! 恋愛もののお約束パターンだぁ!!(←頭を抱える(笑)
えー、どうも、あさこちです。
 ……鈴花が作中で言ったフレーズ、おわかりいただけたでしょうか。
 「一つ、人世の生き血をすすり」云々は、時代劇「桃太○侍」のきめ台詞(笑)なのです。
 ……楽しんでいただけたら幸いです。
 
レイホーさん>ええと、ロイくんチョイ役となってしまいましたが、鈴花にとっては重要なウエイトを占めている様子です。でもまあ、彼女の片思いなので、お気になさらず……。
 あ、迷惑でしたら(それでも都合が悪ければ)ご一報ください。


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