■SSの定義〜シェアードストーリーってなんですか?〜


 よくチャットや掲示板、それに日記?で『SSとは』についてでかい態度でのたまわっている安藤です。

 まあ、のたまうのは個人の自由なのですが、それを他人に理解してもらうための努力をしなけりゃオレはただの馬鹿でしかないと思いますので、コラムを利用して安藤的な『SSの定義』をまとめててみたいと思います。

 最初に言っておきますが、多分あまり役には立ちません。


 まあ、SSっていっても種類多いので、分類していきましょう。くどいようですが、これは安藤の個人的分類です。まあ、一応調べてから書いているので、当っていないかもしれないですが、嘘はついていないと思います。

 それ以前に、こんなものを真剣に考える暇があったらSSの一本でも書け自分が馬鹿みたいな気もしますがそれには触れないでください。


 1:ショートショート

 ある意味、もっともでかい定義です。
 「短(×2)編」と直訳できますが、これだけです。
 ショートショートの純粋な定義はこれだけです。本当です。
 2次創作であろうが、オリジナルであろうが関係なしです。
 ですが、このままじゃ普通の短編とどう違うのかオレもサッパリ解りませんので、もうちょっと厳密に定義してみましょう。
 文学事典によると、一応、短編小説とは、普通400字詰め原稿用紙で1枚以上、100枚ぐらいまでの物という事らしいです。
 これに対して、ショートショートは1枚から10枚くらいの量の作品をそう呼ぶそうです。
 が、これでは上で言ってることと矛盾します。
 これは「ショートショート」が長さだけを示す定義よりも、別の定義が当てはめられるかららしいです。
 何やら、さっきから『そうです』とか『らしいです』の連発ですが、正式に習ったわけでも調べたわけでもないので勘弁してください。
 話を元に戻して、ショートショートの別の定義というのは、アメリカの評論家、ロバート=オバー=ファーストの打ち出した短編小説の三原則『新鮮なアイディア・完全なプロット・意外な結末』の3つ。
 つまり早い話が、この3つの条件を備えた短い小説ならば、ショートショートであるという無茶苦茶幅広い定義になっちゃったというわけです。
 ジャンルに関する定義すらないので、2次創作でもオリジナルでも問題はないですね。



 2:ショートストーリー

 これは、ショートショートの項で触れた『短編小説』そのままの定義ですね。というか、直訳です。
 普通400字詰め原稿用紙で1枚以上、100枚ぐらいまでの物という事でしょう。
 2次創作まで含まれるのか微妙ですが、定義が文量にしか触れていないのでおそらく2次創作も当てはまりそうですね。
 ショートショートと殆ど同じ――ショートショートの2次定義の分、ショートショートよりもやや小さい範囲の定義という事も考えられます――と理解しておくのが良いかもしれません。



 3:サイドストーリー

 直訳すると『側面の話』。2次創作、もしくは公式でも良くありますね。
 『本編と同じ世界、もしくは同じ時間軸の別の場所で展開するストーリー』と理解してかまわないと思います。
 で、この辺りがいつもオレが色々と言っているところだったりしますね。というわけで、ここから安藤の個人的主観が多分に混じりますので要注意を。
 まず、自分は上のようにサイドストーリーを定義しているので、妄想を垂れ流しただけの面白くないSSにサイドストーリーは語って欲しくないというのが本音だったりします。
 原作と破綻しているのに『側面の話』とはいとおかし。
 せめて、『できる限り原作との齟齬を少なくしようとする努力』は欲しいかと。
 ちなみに、これは特にオリキャラSSが多いです。というか、原作キャラしか出てこない2次創作作品ってショートショート、ショートストーリー、もしその定義に当てはまらないほど長いのであればファンフィクションと名乗った方が適当だと思います。別に無理してSSって付ける必要もないでしょうし……。
 どうでしょう?
ティル「何が聞きたいのかサッパリわからんわ!」



 4:シェアードストーリー

 これは、安藤の知る限りでは、2つの違う定義があります。違う部分は非常に些細なのですが、その結果というか性質は大きく変わってくるので結構ややこしいです。
 ついでに、これはそのままHPの『企画』に直結するため、その辺りの事も喋ってみたいと思います。
 ちなみに、この定義の参加型企画以外の運用方法を自分は知りません。
 また、くどいようですがこれは安藤の個人的主観です。

 まずは、『参加者が1つの世界を共有する』というものです。
 これは『参加者がひとつの共有世界にいること』そのものが目的ですので、2次創作的な作品のシェアードであっても、原作破壊などを気にする必要がありません。3で述べたサイドストーリー的要素は全く入っていませんので、参加者は他の参加者との人間的関係に注意を払えば大きな問題も起こらないものと思われます。
 この定義(企画)の利点は気軽に参加できる、大勢の人間が楽しめるという事です。
 逆に欠点はある程度企画が進むと参加者以外の面々に対して閉鎖的な側面が強くなる、つまり内輪ネタに走りやすくなるということだと思います。

 次に、『参加者全員が原作世界を共有する』というものです。オラクルの企画はこれに該当しますね。
 これは前者の定義に加え、3で述べたサイドストーリー的要素が絡んでくるため、原作との折り合いが非常に強く求められることになります。
 極論を言うならば作品との折り合いさえつけば人間関係は無視しても構わないという事ですあくまで極論ですが。
 こちらの利点は前者のような閉鎖的な側面が出にくいという事です。理想的に運営されていれば、読者(内輪ネタになると参加できない者という意味で使用してます)はまるで原作の裏側で進行している物語として受け取ることができます。また、作家同志が交流した場合、幾多の議論を経るため、その結びつきは非常に太い繋がりになりやすいです。まあ、議論が平行線になる可能性もあるという欠点も同時に存在しますが。
 そして、欠点はこの企画は非常に人を選びます。気軽に参加は出来ても、気軽に設定は作れません。例えばオラクルなら重力制御? 気? ビーム兵器? 自己再生AS? 可変飛行型AS? 全部論外となります。
 その理由はコラム『■勘違いされ易いオラクル趣旨〜どうして超設定が駄目なのか〜■』で述べているので参照してください。

 この段階で『「前者よりも後者の方が優れている」と言っている』と受け取られる方がおられるかもしれませんので、先に否定させてもらいます。オラクルを管理している身としての経験でもありますが、参加企画は人が参加してナンボの物ですので、参加者を激減させてしまう後者の定義は常に存在の危機です。


 結局、この2つの定義は双方に長所と短所があるということですね。片方だけ絶対視するのは止めた方が良いでしょう。これは自分に対しての戒めでもありますが。


 さて、ここまで考察してみて、結局塵ほども役にも立たなかった様な気がしないでもない少しでもお役に立てたらいいなと思います。
 まあ、ちょっと毒の入った本音を漏らすとすれば『妄想の赴くままに文章を書く事は悪いとは言いませんがそれをサイドストーリーとかシェアードストーリー(後者)とかは言って欲しくない』ってところですね。
 SSを書いている人は皆自戒しておきましょう(含自分)。

 これだけクソ長い文書いて結論がこれというのも情けない話ですね(吐血)。

 バーカ、オレのバーカ


oracular-wingsへ