CYBER NET ORACLE■
 ■Dark Crimson■    episode1:我が祈りに響け誓い 第1章 彼の帰郷


 何年間もの時を経て――

「行きますよ!!」
 言葉と共に巨大な鉄塊を振り上げる男に対し、うずまきナルトは無言で小太刀を引き抜いた。別に銘も何もないただの短剣。名も無き影と言うものが忍の定義だとするならば、無銘の武器こそが相応しいのだろう。
(長期戦に持ちこめば有利だが、森が壊れるな)
 胸中でつぶやく。上級に分類される忍の戦いでは、時折、天変地異の様相を呈する事がある。そうなれば勝敗に関係なく、辺りの自然には甚大な被害が起きる事だけは明白だった。
(なら、短期決戦で俺が勝てるかどうかだが……)
 それが簡単でない事は自覚していた。
 距離は2メートル。しかし、それ以上接近しようとするならば、男の武器をかいくぐって進まなければならない。切っ先を相手に向けつつ、ナルトは相手の出方を伺った。有利でも不利でもない距離。上級の忍術を打ち合うことになれば周りの被害は大きいが、単純な威力の勝負ならば押し勝つ自信がある。だから、こちらが大規模な術を使わない限り、彼もまた術を使わない。それは確信としてあった。
 男が飛び出してくる。
 何の小細工もない。袈裟切りに振り下ろしてくる斜めの一撃。かするだけで、身体の半分ごと昇天しそうな金属の塊が、僅かに下がったナルトの眼前を通過した。好機とナルトは一瞬思ったが、即座に踏みとどまった。踏みとどまった反動を利用して、背後へと大きく跳躍する。
 男は初撃の勢いを利用して、鉄塊に付いた柄ごと一回転させて、再び振り下ろしていた。超重量級の一撃が、先程までナルトの居た空間を抉る。
 ナルトは舌打ちした。相手の速さに、懐に飛びこむ事ができない。圧倒的な実力差があるならともかく、まがりなりにも同格の忍相手には、僅かなスピード差が命取りになる。小太刀の構えを変えず、ナルトは追撃を待った。今の速度を相手が維持しようとするならば、鉄塊は円運動を描きつづけるしかない――どれほど速くとも、軌道が分っているのならば、そこに付け入る集中力と速度が自分にはある。
 そして追撃。男は鉄塊を振り下ろし――そしてそのまま手を離した。
「――――ちっ!」
 考えを読まれたかと舌打ちし、ナルトは身体を僅かに横へとずらした。普通ならば、横に逃げるしか無い。そこまで考えて、男の狙いを瞬時に悟る。こちらの退路を限定し、その上で飛び込んでくる。どう考えても巨漢という表現が似合う――目の前の男と、12歳のまだ少年であるナルトの体格差は明確だ。純粋な力勝負であれば、男にとって武器を失った事は痛手とは言えないだろう。だが――。
(その過信が命取りになる)
 左手に生命エネルギー――チャクラを集中させ、すぐ脇を通り過ぎようとする鉄塊に軽く手を押し当てる。チャクラによって生じる吸着作用を最大限に発揮しつつ、ナルトは鉄塊の飛ぶ勢いをそのまま、自分の足を軸として方向だけを転換する。そしてそのまま、鉄塊を撃ち返した。
「なっ――!?」
 さすがに予想していなかったのだろう。男はそれをかわそうとして、露骨に体勢を崩した。ほんの一瞬――まさに一瞬の隙であったが、彼らのレベルでその隙は致命的過ぎた。
 そして――――。


「チェックメイトだ」
 そう言いながらナルトが突き出した小太刀を背後から喉元に突き付けられ、男――干柿鬼鮫(ほしがききさめ)は観念したように両手を上げた。木漏れ日が淡く差し込む、森の中である。それなりに樹齢の長い巨木が頭を並べる只中、街道はおろか、小さな道ですら数キロは離れている。夏の森の匂いは心地良いはずであったが、辺りには若干の土煙が立ち込めていた。鬼鮫は懐から取り出そうとしていた手裏剣を地面に落とし、観念したという様子でこちらに視線を向ける。
 鬼鮫の身体から力が抜けるのを確認して、ナルトは右手に持った小太刀を引いた。磨き抜かれた鏡のような刀身に自らの姿が映る。年の頃は12、3歳ほどの、金髪碧眼がそこに映る。全身、ほぼ黒ずくめと言ってもいい格好で、頭部に金属製の額当てが当てられてある。額当ての中央には木の葉のマークが彫り込まれているが、そのマークには一文字の大きな傷が刻まれていた。目つきは鋭い――というか、皮肉げに吊り上がっているので、まるで睨んでいるように見えなくもない。
「俺の勝ちだな鬼鮫――文句あるか?」
「――ありませんよ。ここまで完封されるとかえって清々しいものです」
 鬼鮫が心底感心した、という様子で嘆息する。
「これで、39戦26勝。ダブルスコア達成だ。なんか奢れよ」
 ナルトはそういうと、小太刀を鞘に納めながら、満足げにその男を観察した。年齢は知らないが、どう若く見ても20代の後半だろう。黒髪を業火の様に逆立てた忍者である。その額の額当てには斜めに入った縦線が4本。霧を表しているマークらしいが、鬼鮫のそれにも一文字の傷が掘り込まれていた。
 鬼鮫は地面に落とした手裏剣を拾い、ホルスターに納めて、こちらへと向き直る。
「まさか、術も使わずに完封されるとは思いませんでした」
「お前が『鮫肌(さめはだ)』を使わない条件だったからだろ。あれを投げ返すなんて無理だ」
 ナルトも小太刀を腰の背部に納めながら、疲れた、と言わんばかりに肩の関節を鳴らした。
「おまけにこの森の中だ。水辺でなら結果はいくらでも違ってくる」
「まあ、確かに不利な条件だったのは認めますけどね」
 と、鬼鮫は両手を広げた。
「だとしても、忍は戦う場所なんて選べませんからね。月並みですが、これが実戦なら、ですよ。あなたを見習って、術のレパートリーでも増やしましょうかねぇ」
「術が多いに越したことはないだろ。そう思ったんなら好きにすりゃいいさ」
 まあ良いかと思いながらナルトは、鬼鮫の脇を通り過ぎようとした。模擬戦はもはや日課と言ってもいい習慣であるが、自分と同レベルの忍とやりあった直後に、長々と話をしているのも疲れる。
 背後から鬼鮫が、声を上げた。
「ああ、そうそう。ナルト君」
「あん?」
 肩越しに首を向けると、鬼鮫は後を続けた。
「イタチさんが話があると言っていましたよ」


 その小屋は、さほど離れてはいなかった。
 森と草原の境界にひっそりと建てられた、古い納屋。
 元はこの森を仕事場とする狩人やきこりの為に建てられた物のようだったが、街道から離れ過ぎている立地条件の為に、最寄の村は数年前に自然消滅したらしく、他に利用する者もいない。その廃屋に最低限の補修をしただけの貧相な小屋の前までやってくると、ナルトは躊躇いなく扉をノックした。
 中に誰がいるのかは分かっている。
「誰だ?」
 律儀に聞いてくる中の人間にも、誰が来たのか分かっているはずだ。扉の向こうからかけられた声は、少し低めの、若い男の声だった。
 ナルトは苦笑しつつ返す。
「誰だもなにも、あんたが呼んだって鬼鮫から聞いたぜ?」
「ああ。鍵はかかっていない」
 ドアを開けた。扉の向こうに見えた姿は、黒目、黒髪、黒ずくめの若い忍だった。年の頃は17、8といったところの若い男。その額にはナルトと同じマークの額当てが付けられている。額当てに引かれた傷も一緒だった。
 この額当ては『忍の里』に所属する忍者に贈られる、一種の身分証明のようなものだった。試験を受け、正式に忍者として登録された者のみが、この額当てを己の所属する里から支給される。
「で、俺に用があるって聞いたんだが?」
「ああ、一つ頼みがある」
 うちはイタチは真っ直ぐにこちらを見据え、言った。
「木の葉の里に行って欲しい」
「そりゃまたなんで?」
 自分と目の前の男の出身地の名称を聞き、ナルトはさも意外とばかりに問い返した。
「木の葉の里にどれだけの価値があるんだ? 『九尾』(きゅうび)は俺の中、あそこにある禁術はたいてい音の大蛇(おろち)が持ってる、おまけに里の長は4代目が死んで、3代目に巻き戻った爺さんだ。こちらがマークする価値があるとは思えんが」
「表向きに頼みたいのは、うちはサスケの検分だ」
「うちは? って……」
 イタチは特に表情を顔に出さず、頷く。
「ああ、俺の弟だ」
 ナルトは露骨に嫌そうな顔をした。
「パシリかよ。忍者使ってやる事じゃねえぞ」
「安心しろ、奴の検分はあくまで表向き、言うならばついでだ。一応頼むが、その為だけに木の葉に行ってもらうわけでもない」
 イタチは事も無げに言うと、ポケットから巻物を取り出してこちらへと放った。巻物を右手で受け止め、ナルトは聞く。
「回りくどいな。ハッキリ言えよ」
「ならハッキリと言うか。大蛇丸(おろちまる)が木の葉を潰すつもりだ。俺達としては、木の葉が弱体化するならともかく、木の葉そのものが消滅するのは幾分都合が悪い」
 腑に落ちない気分で、ナルトは巻物ごとポケットに手を突っ込んだ。
「つまり、キリの良いところで邪魔しろと?」
「そうだ」
 アッサリと答えるイタチに、ナルトはあっけにとられた。
「あのなぁ……」
「なんだ?」
「奴が木の葉を潰したいというのは分かるが、何で俺? 別に他の奴でも良いんじゃねえか? 言わなくても分かってるとは思うがな、あいつは俺の――」
「わかっている」
 イタチはナルトの言葉を一息で遮る。一拍だけの間を置いて、続ける。
「しかし、それを置いてもお前が適任だ。お前以外のメンバーは、俺も含めて全員が手配書に載っている。それに、こちらの意図さえバレなければ、お前なら条件付きで大蛇丸の協力も得られるだろう。年齢的にも、中忍選抜試験に参加するのはお前が最も自然だ」
「へ?」
 間の抜けた声でナルトは聞き返した。何か今、とてつもなく不適当な単語を聞いた気がする。
「だから、お前が中忍選抜試験に参加するんだ。砂隠れの里の下忍として。手順はその巻物に書いている。早速明日から向かってくれ」
「ちょっ、ちょっと待て」
(冗談じゃねえぞ、全く!)
 ナルトは慌てて、イタチの言葉を遮った。
(中忍選抜試験、だと? 里に所属していない俺が、しかも今更!?)
 一般に、忍者の成熟段階には四段階あり、上忍、中忍、下忍、見習いと大別される――里によっては特別上忍という上忍と中忍の間に位置する位もあるのだが、概ねの里は同じである。一段階目が単に初歩の忍術を扱う事ができることで、これは忍者ではなく忍者学校(アカデミー)の学生として扱われる。そして二段階目が忍者学校(アカデミー)の卒業試験に合格し、最低限の戦闘能力を保持する事。このレベルに達した者が下忍と呼ばれるようになり、里のマークの記された額当てを授与される。さらに三段階目が重要で、戦闘に習熟し、ある程度のレベルまでの戦闘能力と戦術眼を併せ持てる事。ここで初めて一人前の忍者となり、中忍と呼ばれる事になる。要するに中忍選抜試験とは、いわば見習いとして扱われる下忍が、一般の忍者として認められる中忍になるための関門。受験者の力量によっては命に関わる試験ではあるが、逆に言えば力量が一定のラインを超えている者にとっては、さしたる苦労もなく突破できる程度の試験でしかない。
 ちなみに四段階目は、中忍になったものがその戦闘能力を伸ばし、エースと呼ばれる力量になっていることであり、ここで上忍と呼ばれる、いわゆるエリートに分類される。
 そして、先ほどまでやりあっていた鬼鮫は、霧隠れの里の元上忍だ。上忍とやりあえる自分が中忍選抜試験を今更受けるなど、まるで意味がない。
 だが、こちらの心中を見透かしたように、イタチはニヤリと笑いを浮かべ、告げた。
 ナルトにとっては絶望的な声音で。
「なお、反論は受け付けん」
「理不尽だろそれはぁぁ!!」
 今度こそナルトは叫んでいた。



 砂隠れの里に一度入り、そこから木の葉隠れの里に移動しようとすると、ルート次第ではあるが大抵、広大な荒野を移動しなければならない。ある程度の交通網は確立されているも、平和条約の締結等をしていない国同士では、それが戦力の移動手段となる場合があるからだ。
 そういった荒野の一つを歩きながら、ナルトはふと周りを見まわした。木の葉の里は近隣国である砂の里よりも、海洋に近い分、季節の違いが顕著だ。荒野とは言え、砂隠れのような一面の砂漠とは似ても似付かない。普段ならば観光気分で歩くのも悪くはないのかも知れない。
 とはいえ……。
「普通の状況ならそうなんだろうがな」
「今が普通じゃ無いみたいじゃん。その言い方」
 と。
 横に並んで歩いていた大柄な男が、今まで会話をしてきたかのような気軽さで聞いてくる。
 バランス良く鍛えられた体躯は、黒い忍装束をまとい、背中に背負った大きな包みはさほど不自然さも無く、彼にマッチしていた。顔には歌舞伎を連想させる化粧が施され、男の表情をやや読み取り辛くしている。額にある紋様には砂時計を模した、『砂隠れの里』のマーク、事前に聞いた話では、砂隠れの里の下忍という事だったか。
 その男――カンクロウは、特に表情を浮かべるでもなく、こちらの返事を待っている。ナルトは頬が引きつるのをハッキリと感じていた。
「中忍選抜試験を隠れみのに、少数で木の葉を潰そうなんていう能天気な事を企んでる輩の部下を同行者に、やってることは戦争の下準備の真っ最中だ。尋常なことかよ」
「仕方ね―じゃん。俺らに拒否権なんて無いし。それに、少なくとも中忍試験は本当じゃん」
「前言を撤回する。能天気な同行者で十分だ」
「散々な言われようじゃん。あんただって音の忍者なら、目的は同じはずじゃん?」
 その言葉にナルトは思わず微苦笑を漏らした。
(物の見事に騙されやがって……)
 イタチから渡された巻物に記されていた手順とは、つまり、戸籍の偽造だった。このまま、砂隠れの里が偽造した戸籍に基づいて、砂隠れの里の忍者として木の葉に入る手筈になっている。木の葉の里はナルトを砂隠れの忍者として、砂隠れの里は音隠れの里の忍者として認識しているのだろう。更に言えば、音隠れの里の実権を握っている大蛇丸には、音隠れの里が戸籍の偽造に協力するという内諾を条件付で得ている。
(要するに、やってることは二重詐欺だなわけだ)
 だから本来、ナルトは音の所属ではない。しかし、その辺りの認識を正してやるつもりは毛頭無く、ナルトは適当に手を振った。見ようによっては肯定とも否定とも取れる振りかただったが、カンクロウは肯定と受け取ったらしい。
「新興の音の里から2部隊も参加すると目立つから、わざわざ砂があんたの籍を偽造までしたんじゃん。正直、あんたがおかしな真似しないようにする為の見張りも、俺らの役目の一つと思ってるじゃん」
「そいつぁ結構。あんたの言うようなおかしな真似するつもりはねーし、精々頑張ってくれ」
 投げやりに受け流し、ナルトは歩みを僅かに速めた。が、カンクロウも同じだけ歩みを速めてしっかりと追随して来る。
「なんでそこまで木の葉を恐がるじゃん? あんたは強力な忍者じゃん。少なくとも、今更、中忍試験を受けるとかってレベルじゃないじゃん」
「つまり、上忍レベルには俺より上の連中なんて掃いて捨てるほどいるわけだ」
「上忍の何人が、『アレ』と普通に遣り合えるか分って言ってるじゃん?」
 その言葉に『アレ』を思い浮かべる。思い浮かんだ映像は一人の少年だった。
 カンクロウの弟にして、砂隠れの秘密兵器でもある少年。砂隠れでひと悶着あった彼との衝突は、里の長までが調停に乗り出すほどの大騒ぎになった。その上、『彼』は自分との再戦を心待ちにしているし、何よりもそいつはこの旅に試験の受験者として同行している。そいつがいつ暴発するかは正直ナルトにも分からない。
 軽く頭痛を感じつつ、ナルトは嘆息した。
「もう一度やれば負けてるだろ。というか、あんたの所の首領が介入してなきゃ死んでたかもな」
 ナルトはうんざりと息をついた。カンクロウの口ぶりから、狙いは大体予想がついた。おだてあげた上で、ナルトの口から音の情勢を聞き出すか、ナルト個人を砂へと引き抜くか、あるいはその両方だろう。
 それに乗るつもりもなかったが、かと言って籍を偽造してもらっている身で、余り邪険に扱うわけにもいかない。
 どうしろというのだ。
「つまり、風影(かぜかげ)様が介入しなきゃならない所まで行き付いたわけじゃん」
「俺をおだて上げたところで何にもでねーよ」
 ナルトは顔をしかめてつぶやいた。
「音としての最低限の義務は果たすさ。やる事はやる。だからわざわざ砂からお前らと木の葉に同行してるんじゃねえか」
 強引に手を振って会話を打ち切る。今度はカンクロウは何も言ってこなかった。
 ナルトは振り向かず、気配だけで彼を探っていた。彼はそのまま立ち止まっている。こちらが歩いているので、自動的に距離は離れているが、恐らくは僅かに後ろを進んでいる、もう二人の同行者を待っているのだろう。その中に件の『彼』もいる。
 ナルトはそれなりに離れてから、僅かに歩みを緩めた。
(なんだってんだ……)
 疑問が浮かんでくる。
(木の葉崩し……かよ)
 その言葉を反芻(はんすう)する。音隠れの里の首領であり、木の葉隠れの里の抜け忍である大蛇丸の考案した作戦。里が他国にも解放される中忍選抜試験に紛れ、少数精鋭の部隊で木の葉を強襲、要人を殺害して木の葉の里を壊滅に追い込む。
「正気の沙汰じゃねえよな……」
 ナルトはハッキリと断じた。木の葉の里は霧、岩、砂、雲と並んで、忍び五大国の一つに数えられる勢力を誇る。いくら不意をつき、要人を暗殺したところで、それだけで潰れるほど層は浅くない。いかに、大蛇丸が不世出の天才忍者であろうとも、限界はあるだろう。
 カンクロウは、その目的の是非はどうあれ、木の葉崩しその物は成功するものと信じている様に見える。  少数精鋭で木の葉の戦力と真っ向からぶつかる事が、全くの無茶だと言う事が分っていないのか。
(上官の命令……か?)
 彼等の上官である上忍。そこからの命令を受けた目の前の下忍達は、命令の正誤は考えるものの、一旦命令されてしまえば、その行動が可能かどうかの検証は二の次になっているように見える。仲間への過剰な期待か、はたまた、自らの実力への盲目的な自信か。
(あるいはその両方か、だな)
 これが隠れ里の忍なのだろうか?
 何か担がれている気がしてならない。一見するだけでは、凄まじく間の抜けたシステムにも思えた。
(とは言え、本当の間抜けは俺だ)
 彼は胸中で断定した。
(イタチの考えた手順など真に受けないで、はじめから一人で木の葉に潜入してりゃ良かったんだ。そうすりゃ、少なくともこんな針のむしろに居なくて済んだんだ)
 心中で毒づく。
(絶対、あいつは面白がってた)
 今は遥か彼方にいる、同僚にして師でもある少年の顔を思い出す。ナルトに計画を言い渡した時のイタチの顔は、鉄面皮の裏で、必死に笑いを噛み殺していたように思えた。
 後続がいい加減、追い付いて来れなくなりそうな位置で歩みを止め、ナルトはどうやってイタチに借りを返そうかと思いを巡らせる事にした。


「……というわけで、木の葉の里についたわけだ」
「誰に言っている?」
 誰がいるわけでもなかったが、虚空にぼやいたナルトの声に、『彼』――我愛羅(があら)は問いかけた。
 木の葉の里は活気のある町だった。人々は忙しなく歩き、思い思いの声が通りを駆けて行く。そんな所である。
 忍の「隠れ里」としては、かなり大規模なほうだろう。
 ナルトは振り向いた。肩に背負った荷物を地面へと降ろし、伸びなどをしてみる。確認するように額当てを撫でてから手を下ろし、彼は肩を竦めた。
「暇なんだよ。到着報告と滞在許可貰わない事には動くに動けねえし」
 我愛羅はそんなこちらの様子を見て、目を細めている。カンクロウの実弟に当たる砂隠れの下忍だが、砂隠れで起こった一悶着を思い出す限りは、色々な意味で規格外な少年である。年齢はナルトと同じ程度、12、3といったところか。目の周りには重度の不眠症を示す酷い隈があり、異質な雰囲気を際立てていた。背中に背負ったひょうたんが、それに拍車をかけている。
「直にテマリとカンクロウが報告を終える。少し待て」
 お前だって退屈そうじゃねえか。
 こちらを形式的に咎めるような口調に、ナルトは嘆息交じりにそんな事を独りごちた。
 手持ち無沙汰に、再び自分の額へと手を伸ばす。金属の慣れた感触があるが、手に当たる細部の感触は違う模様が刻まれていることを示している。そこにあるのは砂隠れの紋章だ。その感触を確かめながら、しばしの時間を黙して考える。
「そういえば――」
 話題の変え様はいくつでもあった。
「宿はお前等とは別で良いんだな?」
 実兄のカンクロウ達でさえ、我愛羅には恐怖を抱いているようだったが、ナルトは特に気にせずに話しかける。忍としての実力は確かに規格外な少年であったが、ナルトは気にしない。そもそも、規格外を通り越して、非常識の域に達している知り合いだけでも、両手の指に余る。
(慣れって恐いよな……)
 と、横にいる少年が口を開いた。
「ああ、1週間ほどで試験が始まる。それまでは別行動らしい」
「わかった。まあ、俺は適当に木の葉をぶらついてる。何かあれば宿に伝言してくれ」
「拠点視察か?」
 ナルトは声を出さず、ただ頷いた。辺りをぐるりと見回す。
人がいない事を確認し――元より、ここのような隠れ里の通用門の傍に、敢えて来るような里人がいるとも思えなかったが――同時に気配も探り、会話を盗み聞きしている人間がいないと確信すると口を開く。
「言ってなかったが、俺は5歳の時までこの里にいた」
「ほう?」
「んまぁ、7年も前だから正直記憶は曖昧だが、曖昧でも覚えてる事はそれなりにある」
 街の中心部、そこにそびえ立つ人間の顔の形に彫られた岩を指差して続ける。
「この街はあの火影(ほかげ)岩、その下にある火影邸と横に併設されている忍者学校(アカデミー)を中心にして防御的陣形で建てられている――とは言っても、忍の里なら珍しくはないけどな」
 だが、と続ける。
「ここからは師匠の受け売りだが、それを考えに入れてもほとんどの建造物は最新の理論に基づいて建てられている。例えば火影岩の真下に建造されているシェルター、こいつの強固さなんかは他に類を見ない。上忍でも破るのが困難だって言われている。元々は12年前に妖魔が里に襲来して、多大な被害を受けた事による教訓を活かしたって事らしいが、妖魔でなくても攻めるのはそう簡単じゃない。一般人が逃げ込むシェルターには特に力が入ってるが、それ以外にもこの街は護るに有利、攻めるに不利な仕掛けが幾つも設置されてるはずだ」
 興味が湧いているのか、黙ったままの我愛羅を前に、そのまま後を続ける。
「まあ、うんちくはそんなところにしておいて、つまるところこの木の葉の里って所は、一言で言って、それなりの忍がわんさかと居るのが特徴的な里だ。まともな判断ができる奴がトップにいるなら、戦うとなると消耗戦を仕掛けて来るだろうな。闇雲に突っ込むと、雑魚を蹴散らしてるだけでチャクラ切れ、ってな結果になりかねない」
「つまらん展開だ」
(のんきに言ってくれるな)
 ナルトは口に出さずに苦笑して、口の端を引きつらせた。傍目には変な顔になったかなと思いつつ、
「だから俺は明日から、この街の拠点を確認しとく」
(地形の確認程度にしかならなくても、やらないよりはマシだからな)
 その可能性が高いと思いつつも、ナルトはその解答を飲み込んだ。



《interlude》

 忍が軽々しく異国の里に入る事は、大抵の場合、条約で禁止されている。その条約を守った上で、里を行き来する為には色々と面倒な手続きが必要だった。異国の忍が比較的簡単に往来できる、中忍選抜試験というイベントにおいても――多少は簡略化されるとはいえ――原則は変わらない。
 それらの手続きを一通りこなし終えて――
 テマリはアイスクリームの最後の欠片を口に放り込んだ。隣にいる弟――カンクロウは呆れた様子で発行されたばかりの滞在許可証を抱えているが、何も言ってはこなかった。アイスの入っていた容器をくしゃくしゃと丸めて、道の脇にあるくずかごへと放り込み、告げる。
「さてと、そろそろ行くか」
「そろそろ、じゃないだろ」
 カンクロウは嘆息しながら、脇に抱えていた書類をテマリへと手渡した。それを懐に入れながら、その場を後にする。
「ああ、書類の提出だけで一時間もかけやがって……我愛羅はともかくナルトは絶対怒ってるじゃん」
 愚痴を背後に聞きながら、通りを歩いていく。
 日の昇り具合から判断するに、昼前と言ったところか。木の葉の里に到着したのが、確か10時頃だったはずだから、ナルトと我愛羅を門の傍に残してから一時間半から二時間弱は経っただろうかと、テマリは適当に計算した。書類の提出にかかった時間そのものは、一時間弱といったところだった気がする。逆算すると、二人は良い加減、待ちくたびれていてもおかしくはないだろう。が、
「いいんだよ。我愛羅と一緒で、ここのところ妙に気疲れしてたんだ」
 テマリは手を振ってカンクロウを黙らせた。そのまま、ゆっくりと歩き出す。特に急ぐつもりもなく、歩きながら辺りへと視線を向けた。
 木の葉の里は、一言で言って大きかった。軍事的、政治的両面からの最重要施設である忍者学校(アカデミー)を中心に、巨大な繁華街が形成されており、良く言えば穏やかな、悪く言えば少々平和ボケした雰囲気が流れていた。
(砂とは大違いだな)
 自分の生まれ育った里の事を思い出して、なんとはなしに嘆息する。国土の多くを砂漠が占めている風の国では、人々はオアシスを拠点に集落を形成している為、こういった大規模な繁華街などが見られることは極めて稀だ。
(せめて、ここの半分でも物があったらなぁ)
 と――
「イテッ!」
 鈍い打撃音のような音に悲鳴を混じって耳に入る。思考から現実に戻ると、いつの間にか前を歩いていたカンクロウが立ち止まっていた。
 良く見ると、カンクロウの影に隠れるように、小さな男の子がしりもちをついている。おおかた、前方不注意で彼に衝突したのだろう。少年の後方には少年と同年代と思われる女の子と男の子が一人ずつ、そしてテマリよりもやや下かと思われる年齢の少女が二人立っていた。
「いてーじゃん」
 呟きとともに、カンクロウの腕が少年を持ち上げる。ちょうど、胸倉を掴み上げる形で持ち上げたので、少年は呼吸がしづらいだろう。
木の葉丸(このはまる)!」
 少女のひとりが声を上げるが、カンクロウは気にもとめないように、再度呟く。
「いて−じゃん、くそガキ」
 テマリは、その瞬間ようやくカンクロウの行動の意味を悟って、彼に向けて制止の声を発した。
「やめときなって! 後でどやされるよ!」
 カンクロウの行動で何かしらの問題が起きたならば、間違い無く、待たせてある同行者二人からの嫌味が振りかかる。特に金髪碧眼の音隠れからの同行者からは、遠慮の欠片もない心を抉る小言が送られるに違いない。それは勘弁してほしかった。
「ごめんなさい。私がふざけてて……」
 先ほど声を上げた少女とはまた別の、桃色の髪をした少女が謝罪の言葉を告げる。
「オイコラ! その手を放せってばよ!!」
 そして、その言葉を一瞬で無に帰さんとする煽りを、金髪の少女が叫ぶ。
(ん、こいつは――)
 少女の顔に視線を止めたテマリは疑問符を内心に押し隠し、そのまま視線を金髪の少女へと固定した。木の葉のマークの額当てに、――動きやすさを追求してだろうか――橙色の上下のトレーナー。見た所、木の葉隠れの下忍だろう。木の葉隠れでは、中忍以上の忍なら、基本的に支給される専用のジャケットを身につけているはずだ。服装の目立ち方からして、印象は正反対であったが、その顔は彼女はテマリの知る人間に酷似していた。
「……ナルト?」
 横から漏れた呟きに視線を向けると、カンクロウも戸惑った表情をしている。
 当然だ、とテマリはひとりごちた。男女の差はあるも、双子と言われても遜色のない程、造形に差がない。だが――
(こいつが全部ナルトと同じだとしたら)
 ぞっとしながら――どころではなく、テマリは心底恐怖していた。あの規格外の同行者と目の前の少女が同レベルであるという保証など無いが、彼と本気で遣り合うぐらいならば、この場で速攻謝った方がまだマシだろう。
「うるせーのが来る前にちょっと遊んでみたいじゃん」
 カンクロウがそう呟いて、木の葉丸と呼ばれた少年の胸倉に力を入れる。苦しそうに少年が呻き声を上げた。
 見た限り、カンクロウは目の前の少女の力量を測るつもりだろう。遊ぶという単語が出たが、目に油断の色は見えない。
(止める必要もないか)
 テマリは内心でそう結論付けると、カンクロウの行動を黙認する事にした。正直、自分にとっても目の前の少女の力量には興味があるし、カンクロウが本気で少年を殺すとも思ってはいない。
「てめ――!!」
 ナルト似の少女が怒号を上げて、カンクロウへと躍り掛かる。カンクロウは動じずに、チャクラを練り上げると、それを糸状にして彼女の足に引っ掛けた。
 刹那。
「うわあっ!!」
 派手に一回転して少女が地面に倒れこむ。
「なんだ弱いじゃん、木の葉の下忍てのはよォお!」
 テマリの内心を代弁するかのようにカンクロウが告げる。その声色に拍子抜けした感情が含まれている気がしたが、あながち間違いではないだろう。
 実際、少女の戦闘能力は稚拙だった。これがナルトであれば、あっさりとカンクロウの糸を見抜いたであろうが、実際に敵の戦力を見極めながら戦いを構成するには、センス以上に経験が物を言う。見習いに毛の生えたレベルに位置する下忍にはとてもできる事ではなかった。
(あいつに似ていると思ったが、とんだこけおどしか)
 テマリはそう嘆息すると、視線をカンクロウに戻す。彼も同じような心境だったのか、手に持った木の葉丸の胸倉をどうして良いものか迷っているように見えた。
「木の葉丸ちゃん」
「木の葉丸君」
 子供達の呼び声に、木の葉丸が呼吸を振り絞ったように声を出す。
「く……苦しい……コレ……」
「こら! この黒ブタ! そいつを離さないとこの俺が許さねぇぞ! デブ! バカ!」
 先ほど転ばされた少女が、木の葉丸のうめきに反応してか、カンクロウに罵詈雑言を浴びせ掛け、
「バカはアンタよ。相手煽ってどうすんのよ」
 そして、もう一人の少女に首を絞められた。
 正直、もう戻りたかったが、罵りを受けたカンクロウは少し本気で怒っているようだった。
「ムカツクじゃん……お前……。オレ……大体チビって大嫌いなんだ。おまけに年下のクセに生意気で……殺したくなっちゃうじゃん」
 カンクロウの頭に青筋が増えるのを見て、テマリは頭を軽く押さえた。末弟の我愛羅には及ばないが、長兄のこの男も頭への血の昇りやすさでは大差ない。こうなったら仲裁はするだけ無駄だと判断し、
「あーあ、私、知らないよ」
 あっさりと説得を放棄した。
「てっめ――!!」
「ま、このドチビの後はそこの五月蝿いチビね」
 憤る少女を無視して、カンクロウは拳を握ると、木の葉丸に繰り出した、その刹那――
 ガッ!
 打撃音とともに、木の葉丸がカンクロウの手を離れた。


 正直に言えば、侮っていた事は否めなかった。
 ナルトに似た金髪の少女と、そのチームメイトであると思われる桃色の髪の少女を合わせても二人。里の忍は本来、四人小隊で動く事を考えると、近くに担当上忍かもう一人のチームメイトがいることを考えなかったのは失策だった。それは認めるしかない。
 テマリはそう考えながら、カンクロウにぶつけられた石の軌道を追った。彼女達の傍に立っている木の枝の上、そこに漆黒の髪をした少年が座っている。石の軌道からほぼ確実に、投石したのは彼であるとテマリは断定した。顔の造りは整っていて、それなりに良い男にも見えるが、その表情は皮肉げな視線をカンクロウに向けている。
「よそんちの里で何やってんだテメーは」
 視線に似合った、これまた皮肉げな声がカンクロウに放たれた。
「サスケくーん!!」
 と、黄色い声援が桃色の髪の少女から発せられるが、サスケと呼ばれた少年は特に反応も見せずに、カンクロウから視線を動かしてはいない。
「けっ、ムカツクガキがもう一人」
「失せろ」
 カンクロウの台詞を無視しての、端的な要求にまたもや外野から黄色い悲鳴が上がった。
 さすがにそこまでミーハーぶるのもどうかと思ったテマリは、視線をサスケから先ほど転ばされた少女へと移す。少女は、木の葉丸に指を射されていた。
「ナル姉ちゃん、格好悪い」
「バロー。あ、あんな奴、私だってすぐにやっつけたってばよ」
 少女の名称に、ますますナルトとの因果をいぶかしんでは見るものの、先ほどのカンクロウとのやり取りでは、肝心な実力がナルトとは比較になっていない。
「おい、降りてこいガキ。俺はお前みたいに利口ぶったガキが一番嫌いなんだよ」
 カンクロウの声に視線を戻すと、カンクロウは背中に背負った荷物を、地面へと下ろそうとしていた。
「おい、カラスまで使う気かよ」
 たまらずに制止の声を上げる。それはカンクロウの忍としての武器であり、使用の判断は本人に委ねられている。たが、こんな場所で私闘で使うとなると、自らの手を知られてしまう上、下手をすれば国際問題だ。
 カンクロウはそれを聞かず、カラスを地面に下ろそうとして、
「入って早々揉め事を起こすな、阿呆」
 その手を掴まれた。

《interlude out》



「な、ナルト……」
 驚いたように――実際驚いたのだろうが――こちらの名前を告げる声に、ナルトは視線をそちらに向けた。
「遅い」
 カンクロウの腕を掴んだ状態のまま、端的に告げる。
 待ち合わせの時刻を一時間近く過ぎて、何があったかと探してきてみれば、現地の忍と揉め事を起こしている。頭痛を感じつつ、ナルトは聞いた。
「お目付け役とか言ってた奴は誰だった?」
 言いながら、ほんの少し、右手に力を込める。折れるほどの力は入れていないが、カンクロウの顔が蒼白になった。
 そのまま、カンクロウから視線を移し、サスケと呼ばれた少年へと視線を向ける。少年はどうやら、瞬身の術で移動したこちらに対して驚いているらしかった。
(こいつか)
 外見的にどことなくイタチに似ていなくもなく、あらかじめ聞いておいた身体的特徴とも一致する。サスケと呼ばれていたこともあるし、少年がうちはサスケと見て間違いないだろう。ナルトの検分対象ではあるが、選抜試験も始まっていないのに検分する気も起きないので、ナルトはアッサリと興味を放棄した。そのまま、ナルトはサスケが座っている木の反対側へと視線を向けた。
 ナルトとともに、ここまで来た我愛羅が気配を消してそこにいる。視線に応じたのか我愛羅が、枝から逆さまに吊り下がるような格好のまま、カンクロウに声をかけた。
「カンクロウ、やめろ。里の面汚しめ」
 恐らく、気付いていなかったのだろう。木の葉の忍達と共に、カンクロウやテマリまでも驚いたようにそちらに視線を向けた。まあいいかと思いつつ、ナルトはカンクロウの腕をはなす。
「が、我愛羅……」
 痛そうに――そんなに強く握ったつもりもなかったが――腕を押さえながら、カンクロウが名を呟いた。
「喧嘩で己を見失うとはあきれ果てる……何しに木の葉くんだりまで来たと思っているんだ」
「き、聞いてくれお前ら。こいつらが先につっかかって来たんだ」
 カンクロウのいいわけに、我愛羅の視線が少し鋭くなる。
「黙れ……殺すぞ」
「どっちがお目付け役か分かったもんじゃねぇな」
 滲み出る我愛羅の殺気に、ナルトは思わずうめいた。慌てふためくカンクロウが、しきりに頭を下げている。
「わ、わかった。俺が悪かった。ゴメンな。ホントゴメン」
「それはそうと、他国の里で殺すとか物騒な発言は止めれ。浮く」
 我愛羅にそう突っ込みながらも、ナルトははっきりと確信していた。
 間違いなく、この砂隠れの下忍4名は確実に浮いており、目の前の木の葉の下忍達に最高の警戒感を抱かせているに違いない。
「君達、悪かったな」
 我愛羅が瞬身の術で、こちらの近くへと移動する。
「どうやら早く着きすぎたようだが、俺達は遊びに来たわけじゃないんだ」
「わかってるって」
 カンクロウが相槌を打ちながら、荷物を持ち上げる。
「行くぞ」
 ナルトが三人を促す。これ以上の警戒感を煽らない為にも、この場は早々に退散するのが最良に思えた。
 と、
「ちょっと待って!」
 背後から、桃色の髪の少女の声がかかった。
 そのままナルトは立ち止まり、背後へと向き直る。
「何だ?」
「額当てから見て、あなた達、砂隠れの里の忍者よね。確かに火の国と風の国は同盟国だけど、忍の勝手な出入りは条約で禁じられているはず。目的を言いなさい。場合によっては――」
「よっては?」
 ナルトは少女の言葉を遮って、続きを促した。
「っ!? あなた達をこのまま行かせるわけにはいかないわ」
 ある意味、予想通りの回答に、ナルトは軽く嘆息する。
「……阿呆」
「なっ!?」
 予想外の答えだったのだろう。少女が絶句するのを冷ややかに見つめながら、ナルトは続ける。
「君にそんな権利があるのか? 他国からの入国者を詰問したりする権利が、下忍の君に?」
 下忍という単語にイントネーションを置いて聞き返す。質問に質問で返すのはルール違反ではあるが、正直、詰問口調で問われて素直に答える気もなかった。
「そ、それは……」
 予想通りに少女が口篭もる。
 あくまで見習にしか過ぎない彼女達下忍に、不審者や他国の忍をいちいち詰問する権限が与えられている事はないし、その必要があるかも疑わしいところだ。下忍が自分達の来訪に気付いているなら、自分達の来訪はとうの昔に上層部へと伝わっていなければ、忍の里としては致命的だろう。
 ナルトは更に続けた。
「俺達の入国理由を知らない時点で、君がそういった権限について何も持っていない事は俺らから見れば明白なわけだ。で、何で俺らがわざわざ君らにいちいち説明せにゃならん訳だ?」
「な、ナルト、何もそこまで……」
 既に黙りこんでいる下忍を半ば本気で凹ませようとしていたナルトは、テマリの制止でふと我に返る。一瞬考えて、この娘を凹ませたところで得るものが何もない事に気付き、軽く嘆息した。色々と面倒になったので、無責任かとは思いながら、テマリに振る。
「やれやれ、テマリ、説明してやれよ。確かにこれは、木の葉の下忍というよりは、情報を徹底してない木の葉の落ち度だ」
 テマリは肩をすくめると――あてつけがましく大げさに溜息をついて、少女へと向き直った。
「わかったよ……ほら、通行証だ。お前の言う通り、私達は風の国、砂隠れの下忍。中忍選抜試験を受けにこの里に来た」
「中忍選抜試験?」
「さすがに下忍がそれを知らないのはどうかと思うが……」
 ナルトのうめきを完全に無視してテマリが説明を続ける。
「中忍選抜試験とは、砂・木ノ葉の隠れ里とそれに隣接する小国内の、中忍を志願している優秀な下忍が集められ行われる試験の事だ」
「なんで一緒にするの?」
 既に緊張を解いたのか、先ほどカンクロウに転ばされた少女――ナルが質問している。
「合同で行う主たる目的は、同盟国同士の友好を深め忍のレベルを高め合う事がメインだとされるが、その実、隣国とのパワーバランスを保つ事が各国の緊張を……」
「木ノ葉丸ってばよ! あたしも中忍選抜試験ってのに出てみよーかなァ!?」
「てめー! 質問しといてこのヤロー! 最後まで聞けー!」
 説明の途中で子供に話しかけるナルと、それに対して怒鳴るテマリをよそに、木の枝に座っていたサスケが地上へと降りてきた。
「おい。そこの二人、名は何と言う?」
 こちらへと問いかけた。
「わ、私か?」
「違う。その隣のヒョウタンと金髪野郎だ」
 テマリを一蹴し、視線をこちらへと向ける。ヒョウタンはどう見ても我愛羅の事だろう。そして、金髪は自分とテマリしかいない。テマリが違うなら、それは自分の事だ。
砂瀑(さばく)の我愛羅。俺もお前に興味がある。名は?」
「うちはサスケだ」
 律儀に答えるサスケと我愛羅を前に、ナルトは本日何度目かわからない嘆息をする。
(忍が名乗るなよ)
 内心で一人ごちるが、我愛羅が名乗った以上、砂隠れということになっている自分が名乗らないわけにもいかないだろう。既に、名前はカンクロウやテマリがばらしてしまっている。苗字が知れたところでさほど違いはなかった。
「俺の名は――」
 観念し、言葉を切ってハッキリと告げる。
「うずまき、ナルトだ」
「あのさ、あのさ! 私は、私は!?」
 ナルと呼ばれた少女が、場違いに思えるような陽気な声を上げる。
 元々、名乗り合う趣味はない。
 その姿を横目で見ながら、踵を返そうとしてナルトは、我愛羅が視線を少女に向けているのに気付いた。
「…………聞いてやる。お前の名は?」
 我愛羅の問いに、満足したのか、少女は自信に満ち溢れた声で、ハッキリと答えた。
「あたしは中華(ちゅうか)ナル! あたしってば、火影になる女だってばよ!」


 木の葉隠れの里には複数の宿泊施設が点在している。隠れ里と言う名称からは連想し辛いものがあるが、自分達のような受験者を含む、外来の客も少なくはないのだろう。それでも、『ようこそ木の葉隠れの里へ』などと書かれた看板を見た時は己の目を疑ったが。
 その中の一つは、見た限りでは豪華旅館と呼んで差し障りがない程の大きさを持っていた。本来は、里に依頼をする為の客用として建てられたものとかで、居心地も悪くなさそうだった。
「……にしても、自己主張の強い忍もいたもんだ」
 あてがわれた部屋の隅に荷物を放り投げ、ナルトはつぶやいた。ナルトにあてがわれた個室には、当然ながらナルト以外の姿はなく、誰が聞きとがめるわけでもない。
 ベッドに寝転がりながら、先程の、中華ナルと名乗った下忍の少女の顔を思い浮かべる。しばしの沈黙を経て、そして言いなおす。
「正直、不愉快だ。あれが俺と同じ顔をして、奴の娘として英雄扱いされている。きっと、狐に化かされている気分とはこういうことを言うんだ」
「なら、とっとと帰るかい……うん?」
 突如聞こえてきた声に、視線を向ける。
 男の声、それも聞き慣れた声音だった。窓に視線を向けると、窓の外に一羽の鳥――いや、正確には鳥を模した粘土細工が留まっている。
 ナルトは特に驚いた様子も見せずにベッドから起きあがると、半眼でその鳥に向かって問いかけた。
「デイダラ、何しに来た?」
「んや、まあイタチの野郎に聞いてな、うん。特に予定も無かったし、陣中見舞としゃれ込んだわけだな、うん」
 ナルトの質問に答えるように、鳥の細工が答えを返す。
「で、どうする? お前さんがこの里に行く時点で、あの娘との出会いはほぼ決まっていたわけだが、うん。まだ関わるかい、うん?」
 その粘土細工の創造主は、正確にはこの場にいない――恐らく、火の国の国境近辺から、この粘土でできた式神(しきがみ)を自分の元まで遣わせたのだろう。ご丁寧に、会話が可能な仕組みまでも組み込んで。
 ナルトは式神を見ながら、苦い顔をして、粘土の向こう側にいる男の顔――芸術家気取りの性格が歪んでいそうな男の顔を思い浮かべた。
「俺は忍だ。受けた任務は最後まで面倒見るつもりだし、潜入任務で失敗した事はない――たかだか数年のキャリアの間にやった仕事については、だけどな。任せといて欲しいもんだ」
 一息継いで、彼は続けた。
「お前らはとにかく目立つ。お前らが動き出すと、それだけで何もかもが大事になる。自分達が器用に潜入できるなんて自惚れはするなよ? その自惚れの皺寄せは全部こっちに来てるんだ。覚えが無いとは言わせねえぞ。そもそも、そんな奇妙な鳥は火の国にはいない」
「なら結構、お前さんが目的さえ忘れてなきゃいいさ、うん」
 鼻で笑って、ナルトは告げた。
「見くびるなよデイダラ。誰が忘れるかよ。俺達に必要なのは、今の状況そのものだ、少なくとも今は、な。大蛇丸のお遊びで崩れさせるほど、俺達の目的は安っぽくない。そんなこと、十二分に理解してる」
「なら、これ以上の文句はないさ、うん。ああ、この起爆粘土は餞別だ、何かの役に立つ事もあるだろう。持ってきな、うん」
「安い餞別だな……まあいいか。これ以上話してると目立ちかねん、そろそろ接続を切っとけ」
 立ち上がり、そのまま窓を開ける。言葉を発さなくなった粘土の塊を握り締め、ポケットに入れると、ナルトは何処から視察を始めるかと考えた。


 ナルトにとって、その里は馴染み深いものであり、同時に全くの他人の家でもある。
 微かに残る自分の記憶との差異を修正しながら、ナルトは通りを歩いていた。木の葉隠れの里で最大規模の大通りには様々な人間が集い、それを客とする商店も軒を連ねている。ふと通りかかった忍具店で消耗品の補充などを済ませつつ、ぼんやりとナルトは物思いにふけっていた。
(あてにならないもんだな)
 声に出さずに呟く。
(確かに7年も経ってるわけだから、しっかりと記憶しているとは思ってなかったが、ここまで曖昧だとはな)
 ナルト本人が忘れようとしていたせいでもあるのだろうが、それにしても記憶の劣化がひどすぎた。食料品店だと思っていた位置に本屋が店を構え、床屋であったはずの場所には忍具店が開いていた。その段階で、ナルトは早々に自分の記憶に頼るのを止め、観光客として地理を確認する方針に切り変えた。なんというか、ここまで記憶と食い違いがあると懐かしさも湧いてはこない。
 もっとも、
(それはここの里の住民も同じかもな。九尾の器(ばけぎつね)の事なんて率先して忘れたい事柄だろうし……)
 少なくとも、先程立ち寄った忍具店の店主が、砂の下忍である自分に対して笑顔で応対するほどには『うずまきナルト』という存在は劣化しているのだろう。
 と――
「ん?」
 ナルトは足を止めた。風と共に、目の前を花びらの吹雪が過ぎていく。吹雪はそのまま、舞い上がり、無数に拡散した。
「桜……か」
 季節はずれだとは思ったが、花の色からそう見当をつける。桜には、色々と思い出が多い。
 と――
(綺麗、ですね……)
 言葉がよぎった。
(……とても、綺麗ですね)
 微かな記憶が甦る。桜並木、桃色に染まる山道、そして一人の少女の姿。
 ナルトは頭を振って、思考を現実へと戻した。
「あそこには、まだ行ってなかったな……でもなぁ」
 うめく。確実に記憶に残っている場所に一ヶ所だけ心当たりができた。ナルトとしてはあまり立ち寄りたい思い出の場所ではないが、絶対に行きたくない場所というわけでもない。
 なんにしろ、ここで立ち止まっていても仕方がない。
「まあ、行くか……」
 呟いて歩き出す。道は覚えていなかったが、方角だけはしっかりと覚えていた。走りはしなかったが、急ぎ足で角を幾度か曲がる。町並みが途切れ、木々が目立ち始める中を更に歩いていく。目的は木の葉の里の北西の外れ、第32番演習場。
 彼が里にいた最後の日にいた場所である。



《interlude》

「召集をかけたのは他でもない」
 三代目火影の声には特に重々しい雰囲気はなかったが、それでもその口調からは意思の力のような物が感じられた。齢七十に手が届きそうな老人ではあるが、実質的に未だ、木の葉最強の忍者としての健在ぶりは示されているのかもしれない。
 彼はそのまま、ここに集まった全員の顔ぶれを眺め、話を続ける。
「この面子の顔ぶれでもう分かると思うが」
「もうそんな時期ですかね……」
 腕組みしてはたけカカシは呟いた。
「既に他国には報告済みなんでしすよね。里でちらほら見ましたから――で、いつです?」
 特別上忍の不知火(しらぬい)ゲンマが訊ねるのに、三代目が続けて答える。
「1週間後だ」
「そりゃ、また急ですね」
 後方で誰かが聞き返すのにこたえて、三代目が全員に声をあげた。
「では、正式に発表する。……今より7日後、7の月1日をもって、中忍選抜試験を始める」
 そこで一息区切り、更に続ける。
「さて……、まず、新人の下忍を担当しているものから前に出ろ」
 カカシは声に従って、進み出る。他に2名の上忍が、自分と同じように歩み出す。
「カカシに、(くれない)に、アスマか……どうだ? お前達の手の者に、今回の中忍選抜試験に推したい下忍はいるかな?」
 こちらにじっと見据え、続ける。
「言うまでもないことだが、形式上では最低8任務以上をこなしている下忍ならば、あとはお前達の意向で試験に推薦できる。じゃあ、カカシから……」
 カカシは一瞬だけ黙考したが、口を開いた。そもそも、答えは最初から決まっている。
「カカシ率いる第7班、うちはサスケ、中華ナル、春野(はるの)サクラ……、以上3名、はたけカカシの名をもって、中忍選抜試験受験に推薦します」
「なに!?」
 背後から声が上がる。忍者学校(アカデミー)の教師である中忍、海野(うみの)イルカが顔色を変えている。大方、元自分の教え子達にまだ試験は早いとか思っているのだろう。
 カカシと同じような事を思っているのか、さほど気にした様子もなく、カカシと同じ新人下忍の教師を勤めているくのいち、夕日(ゆうひ)紅が後を続ける。
「紅率いる第8班、日向(ひゅうが)ヒナタ、犬塚(いぬづか)キバ、油女(あぶらめ)シノ、以上3名、夕日紅の名をもって左に同じ」
「アスマ率いる第10班、山中(やまなか)いの、奈良(なら)シカマル、秋道(あきみち)チョウジ、以上3名、猿飛(さるとび)アスマの名をもって左に同じ」
 特に躊躇する事もなく、もうひとりの教師、猿飛アスマも躊躇うことなく生徒を推薦した。
「……ふむ、全員とは珍しい」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
 さすがに想定外の事例だったのか、イルカが声をあげる。
「なんじゃ、イルカ?」
「火影様、一言言わせてください!! さしでがましいようですが、今、名を挙げられた9名の内のほとんどは、アカデミーで私の受け持ちでした。確かに皆、才能ある生徒でしたが、試験受験は早すぎます。あいつらにはもっと場数を踏ませてから……上忍の方々の推薦理由が分かりかねます」
 激昂している、と言っても言い過ぎではない様相のイルカに視線を移しつつ、カカシは答えた。
「私が中忍になったのは、ナルよりも6つも年下の頃です」
「ナルはアナタとは違う! あなたはあの子達を潰す気ですか!?」
「大切な任務に、あいつらはいつもグチばかり……一度、痛い目を合わせてみるのも一興。潰してみるのも面白い」
「な、何だと!?」
 更に頭に血が上ったイルカを見て、カカシは少し言い過ぎたかと自省する。確かに、自分の受け持っている下忍達は未だ自覚が足らずに我が侭ばかりであるが、本気で彼らを潰したいと思っているわけでもない。
「と、まあ、これは冗談として、イルカ先生。あなたの言いたい事も分かります。腹も立つでしょう。ですが、もう少し彼らの成長を信頼してやりましょうや」


「カカシ、お前は少し残ってくれ」
「あ、はい」
 カカシは答えると、事務手続きが終了して退室していく同僚達を見送った。
 やがて、室内にカカシと三代目しかいなくなったことを確認して、問いかける。
「どうしたんです、火影様?」
「これから話すことは、ワシとご意見番以外は知らぬことじゃ。決して他言は許さぬ」
 先ほどとは打って変わった、重い雰囲気の口調に、カカシは表情を引き締めてうなづいた。
「今回の試験……ある者が参加する」
 三代目はそう告げると、机の引出しから一枚の書類を取り出し、机の上に放る。見ろ、ということだと判断し、カカシはその書類を手に取った。瞬間、その書類に添付されている写真に驚愕する。
 ひととおり、読み終えたところで、彼はつぶやいた。
「三代目、この子は!?」
「……ナルトじゃよ」
 三代目の返答は重かった。後悔と懺悔の念が滲み出ているようにも感じられたが、あながち間違いでもないだろう。
 うずまきナルト。
 本名は中華ナルト、中華ナルの双子の兄であり、木の葉の里を襲撃した妖魔、九尾の妖狐(きゅうびのようこ)を己の命を賭けて封印した英雄、四代目火影の遺子。
 だが、彼が英雄の息子として扱われる事はなかった。火影の娘として、里の寵愛を一身に受けた妹とは真逆、自らの腹に封印された妖魔のために、九尾を憎む里の民の憎悪を一身に背負う宿命を義務付けられた、文字通りの里の生贄。
 公式には7年前に行方不明。彼の失踪と同時に、里の民の彼に対しての暴行が数多く明らかになったため、誰もが「彼はもう生きてはいない」と判断した事件が記憶をよぎる。
「この子は、行方不明になっていたと聞きましたが?」
「どうやら、砂隠れの忍に拾われたらしい。そのまま、砂の上忍の養子になって、砂の下忍になったのじゃろう」
 三代目の回答は推測の域を出ないものであったが、カカシは仕方ないと思った。同盟国とはいえ、一歩間違えば敵対国家となる砂隠れの里の忍の情報だ。書類以上の情報がそうそう手に入るわけでもない。
 よって、質問を変える。
「……ナルトは、復讐の為に木の葉へ?」
「正直、わからぬ。あの子がこの里に良い感情は持っているとは考えにくいが、まだ下忍の力量であるなら、復讐などという無茶な事をするとも思えぬ」
 それは正しい見方に思えた。
 純粋に、ナルトは中忍選抜試験を受けにきたのかもしれない。彼の年齢を考えれば、その可能性の方が大きいだろう。だが――
「なぜ先程、俺達がナル達を推薦するのを止めなかったんですか。状況如何では、兄妹の殺し合いにも!」
 三代目へと詰め寄る。
 しかし、三代目は冷静な表情を崩さずに、淡々と告げた。
「ナルを試験に出さないのであれば、その後見人――日向にその理由を話さねばならん。その上でナルトが生きている事が知られれば、里が大混乱に陥る。同盟国であるが故に、ナルトの参加を拒否する事もできん、下手をすれば、砂隠れとの国際問題へと発展しかねんからな」
 そして、一息区切る。
「今、わしらにできるのは、ナルの行動に注意を払うしかないのだ」



「はあ……」
 木々の一つに背を預けながら、彼女は溜息をついた。
 彼女にとって、そこは常に慣れ親しんだ地であると同時に、思い出の地でもあっる。数多くの木々が茂り、食用の植物の種類も豊富だ。サバイバル演習にうってつけの演習場が、この第32番演習場である。
「後、一週間か」
 先ほど、自分を呼び出した教師の告げた事を思い出す。
(一週間後に行われる、中忍選抜試験に参加するように――)
 黒髪に灰色の瞳の双眸の少女である。整った顔立ちをしてはいるものの、その表情には怯えや不安のような色も目立った。忍具を忍ばせるためのコートに、黒い綿のズボンと動きやすさを重視した服装だが、これが余り活かせていないことは自分でも分かっていた。
(私に、そんな試験受ける実力なんてない)
 と、悲観的にそう思う。なにせ、自分は、一族始まって以来の落ちこぼれ。
「でも、三人一組じゃないと受けられないし……」
 自分と同じ班の二人の顔を思い浮かべる。一人は自信家であるし、もう一人は冷静沈着だが班の中で最も強い。自分が足を引っ張ってしまうのは明白だった。
 そんなことを考えていると、声がした。
「ん?」
 自分と同じぐらいの年頃だと思われる、男の子の声。
「え?」
 少女は、声がした方へと向き直った。そして、立っている少年の姿を確認した。
 先客がいるとは思わなかったからだろうか、多少驚いた表情を見せている少年は、彼女の立っている位置から少し離れた木の傍に立って、こちらをじっと見据えている。年齢は予想の通り、彼女と殆ど変わらないだろう。意思の強そうな目をしている。金髪碧眼のその姿は、自分の幼馴染の少女を連想させたが、どこかで会っている気もする。
(誰だろう?)
 なんにしろ、彼女が注目したのは少年の額当てだった。木の葉の里のマークではなく、砂時計を模したマークが刻まれている。隣国、砂隠れの里の忍だった。中忍選抜試験のために里を訪れたのだとすれば納得いかなくもないが、こんな僻地の演習場に現れる理由がつかない。
 そこまで考えて、イメージが重なった。この場所と、彼を一目見た瞬間に感じた既視感、そのイメージがパズルのようにはめ込まれ、目の前の少年に被る。
 知っている。
 自分はこの少年を知っている。
「ナ……ルト……君?」
 記憶の底に残る、その名前を呟く。それは、この演習場を思い出の地たらしめた、記憶に残る小さな男の子の名前。
「日向……ヒナタ」
 少年――うずまきナルトは呆然とした表情で、こちらの問いに応えた

《interlude out》



 そこに誰もいないと思っていたわけではない。
 いるかもしれないし、いないかもしれない。自分のような気紛れを起こした彼女が、ここにいても何らおかしくはない。ただ、彼女が自分の名前まで覚えていたのは意外だった。自分ですら、自分の名前を呼ばれるまで忘れていたのに、もっと記憶の風化が激しいだろう木の葉に住んでいる彼女が、自分を覚えていたのは、それなりの衝撃だった。
「やあ……」
 黙っていても仕方がないと思い、片手をあげる。正直、何を話して良いのか見当もつかなかったが、黙っているのも憚られた。
「久しぶり、と言えば良いのかな、この場合?」
「ほ、本当にナルト君?」
「ん――、この場合、偽者ってのも考えづらいと思うんだが……」
 ナルトは頭をかきながら苦笑する。
 そのまま、彼女――日向ヒナタへと近寄る。彼女が不快に感じないであろうと思われる数歩の距離を残して、立ち止まった。
「でも、本当に驚いた。里の連中はこぞって俺の事を忘れてるから、まさか覚えてる人間がいるなんて思いもよらなかった」
 ヒナタは照れたように笑い、
「そりゃ……覚えてるよ……」
 と、つぶやくように言った。そのまま、彼女は視線をこちらの額に移すと、意外そうに聞いてきた。
「ナルト君は……今、砂隠れに?」
「ああ、砂の上忍に拾われてね。砂の下忍として、木の葉で試験があるんだと」
 心の中で僅かに謝意を表わしながら、表向きの情報を口にする。
「ナルト君、強いんだ……」
 感嘆の言葉に苦笑しながらも、ナルトは「そこそこな」と返す。
 彼女の性格は覚えている。疑うことなくこちらを信じているその視線が少し痛かった。
「あのね……私も、今度の試験に、出るんだ」
「ほう?」
 思わず漏れた声には、意外さは隠しきれなかった。
 確かに、彼女も自分と同い年で12歳。事前に得た木の葉の情報では、忍者学校(アカデミー)の平均卒業年齢と彼女の年齢は一致する、可能性としては有り得る話だった。
(それと、彼女にそれが似合うかは別問題だしな)
 そう内心でつぶやく。忍者学校(アカデミー)を卒業したての新人が受けるには、才能か、あるいはそれを補う情熱――他者を攻撃する事を躊躇わないアグレッシブさと捉えてもいい――が必要だ。才能はともかく、彼女に他人を傷付けてまで試験に勝ち残ろうという意思があるようには見えない。
(まあ、大方、チームメイトに付き合う形でってところだろうな)
 確証はなかったが、多分こうなのだろうと、強引に結論付ける。と、彼女が何か言いたげな目をしている事に気付いた。
「どうした?」
 軽く問いかける。すぐには回答が返ってこないという事は何となく予想ができたので、彼女が言い出せるまでじっと待つ。
「あ、あの……」
 数秒も経たないうちに、彼女が口を開いた。
「な、ナルト君、明日、予定ある?」
「へ……」
 予想もしなかった問いかけに、間の抜けた声が漏れる。
 ヒナタはよほど恥かしかったのだろうか、白い頬が真っ赤に染まっていた。
「まあ、予定という予定はないけど?」
 実際、試験が始まるまでは実質的に暇であったので、ナルトはうなづいた。
「な、なら、私の修行を見てください!!」
「え?」
 思わず問い返す。ヒナタの顔は相変わらず赤かったものの、その目は伊達や酔狂で言っているものとは思えなかった。
「え〜と、何故に?」
 聞く。彼女が下忍ならば、きちんとした担当の上忍がいるはずだ。表面上は砂隠れの下忍にすぎない自分に、わざわざ教わるという理由がない。
「あ、私の先生、紅先生っていうんだけど、先生しばらく忙しいらしくて、で、でも試験まで余り日がないし……」
 ヒナタが慌てた様子で、しどろもどろに答える。要領は得なかったが、とりあえず、真意は読み取れた。
(まあ、いいか……)
 ナルト自身、教えるということに向いているとは思えなかったが、目の前の少女には恩がある。怠惰に暇を潰すよりは、有意義であるだろうと判断した。
「いいよ。どうせ、試験が始まるまでは暇だ。俺で良ければ試験まで、修行に付き合うよ」
 瞬間、花が咲いたように嬉しそうな表情を浮かべるヒナタを見ながら、ナルトはひとりごちた。
「ホント、悪くないな」


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