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 ■荒ぶるメタル・アーム■    <第1章>


8月10日 1030時(日本標準時間)
東京 調布市 都立陣代高校 生徒会室

 ぱちん、という鋭い音と共に青年――御崎瞬は低い声で言った。鋭い目つきとざんばらの髪。かなりの美
形だが、その射るような目つきが人を寄せ付けないような威圧感を発生させている。
「――王手」
「ああっ!? ま……待て待て待て!」
 将棋盤を挟んで座っていた向かい側の青年――小百合葉兵衛が、慌てた声を上げる。茶色の瞳が、焦りと
驚きで見開かれていた。こちらは美形というより楽しそうな顔つきだった。デッサンの崩れた今の顔も、不
自然さを感じさせない。
 だが瞬はそ知らぬ顔で、
「ふむ……。『待ったなし』と決めたのはお前だろう? 責任を持ってもらおうか」
 と兵衛を一蹴した。
「なにやってんのよ、あんたたちは……」
 そんな二人に、副生徒会長の千鳥かなめが呆れた声をかける。気の強そうな少女だ。腰まである黒髪の先
端を赤いリボンでくくってある。
 彼女の問いに瞬は振り向きもせず、
「ジュース一本を賭けて将棋をやりたい、と兵衛が言い出してな。それに付き合っている。結果は私の大勝
だがな」
「ぐぬぬぬぬ……」
 問答無用に言われ、うめく兵衛。自分から持ちかけた勝負でボロ負けをしているのだ。面子も何もあった
ものではない。
「ああ、そう……」
 かなめは苦笑して、生徒会室から出て行った。
「……どうする? 王を逃がせば虎の子である飛車が取られるぞ?」
 10手先を想定しつつ、兵衛に声をかける瞬。すでにこれは心理戦である。相手にプレッシャーを与え、
ミスを誘うのだ。このまま普通にやっても勝てるのだが、彼はそろそろ一休みしたかった。
「…………」
 兵衛は無言で、王将を動かす。瞬が、ニヤリと笑った。
「残念だが……終わりだ。王手」
 飛車を無視して、金を王将の斜め前に指す。巧妙に動かされていた金は王将の逃げ場を完全に封じた。も
はや、何をやっても彼の負けは確実である。
 しばらく逃げ道を探していた兵衛だが、どうしようもないのを悟って肩を落とし、
「……っくそ〜、そういう手があったかぁ……。オレの負けだぜ……」
「『そういう手』を使わずともお前の負けは決定していたのだが……」
「ちっ……ちくしょう……」
 うつむき、拳を震わせる兵衛。
「……で? 現在私は3勝0敗だが……まだ続けるか?」
「アホ言え。これ以上負け続けられるかってんだ。止めた止めた!」
 彼はヤケ気味に言うと、将棋盤を握り拳で叩いた。
「まったく……。チェスでも囲碁でもダイヤモンドゲームでも負けて、将棋もかよ」
「将棋は爺様とよくやっていたからな。下手な年寄りになら勝つ自信はあるぞ」
 爺様……つまり瞬の祖父のことは、兵衛もよく知っていた。そう、知っていた。過去形だ。……今は、も
ういない。
 二人の雰囲気がしんみりとしたところで、誰かが入ってきた。
「……相良か」
「ああ」
 青年は、簡潔に答える。彼の名は相良宗介。紛争地帯で育った、平和な日本での一般常識が欠落した問題
児だ。ざんばらの髪とへの字口。鋭い目つきで一部の隙もない。その物腰と気配は、瞬に似ている。
「で、どうしたんだ? 歓迎ゲートの図案が完成したのか?」
「肯定だ」
 兵衛の質問に答えると、彼は持っていたノートを見せた。彼は先程から、別の部屋で『入場歓迎ゲート』
のデザインをしていたのだ。だが、そこに書かれていたのは――
『おおっ……』
 瞬と兵衛が、そろって声をあげる。
「去年のゲートのタイトルは『平和』だと聞いている。だから今年は『保安』だ」
 胸を張って言う宗介。
「……しかし相良。本当にこれを使うつもりか?」
 そんな彼に、瞬が真剣な声で言った。
「そうそう。なんつーか、凶悪っぽいぞ」
 苦笑しながら兵衛も続ける。
 それに書かれていたのは『入場歓迎ゲート』というより『要塞』と形容した方が相応しいものだった。リ
ベットで止めた鉄板に、細長い銃眼。他にもサウンドスピーカー、銃座、サーチライト……。各所にある走
り書きは、様々な防犯設備のようだ。
「…………保安、ねぇ……」
「まあ、確かに……入り口にこんな重武装のゲートがそびえたっていたら、誰も悪いことをしようとは思わ
ないだろうが……」
 難しい顔をする二人。その様子に気付いた宗介は、
「ふむ……。やはり、もっと武装を強化すべきか?」
 思いっきりピント外れな事を尋ねてくる。
「……いや、そう言う問題じゃなく……」
「安心しろ、相良。この重武装なら警察を食いとめることも可能だ」
 もはや投げやりな二人。
「そうか。なら、あとは装甲板の調達だな」
『……何?』
 声をそろえ、怪訝な顔をして尋ねる二人。宗介は平然とした顔で二人に説明を始める。
「いくら構造を丈夫に作り武装を増やしても、装甲が脆くては役に立たないからな。フランスかイスラエル
の武器商に頼んでみるつもりだ。イスラエル製の複合装甲が手に入ればいいのだが……」
「……まあ、好きにやってくれ。責任者はお前だ」
 瞬が疲れた様子で言ったところで、突然宗介の携帯電話が鳴り出した。
「ウルズ7だ。……うむ。肯定だ、シノハラ。……1200時、RVはポイントE。了解した、すぐ向かう」
 ぼそぼそと会話をした彼は、『入場歓迎ゲート』の設計図を瞬に渡す。
「……なんだ?」
「急用が入った。悪いが預かってくれ」
 言うが早いか、彼は荷物をまとめてすたこらと走り出す。
「……どうしたんだ?」
「急用が入った。千鳥には『先に帰る』と伝えてくれ」
 返事も聞かず、彼は扉の向こうに姿を消した。
 しばらくぼーっとしていた二人だが、やがて顔を見合わせると肩をすくめる。
「……やれやれ。あいつ、よく姿をくらますな」
「ふむ……。何をしているのか気になるところだが……」
 そこで扉が開いて、両手に本をかかえたかなめが戻って来た。彼女は室内を見まわし、
「……あれ? ソースケは?」
「ウルズ7なら、ついさっきどこかに出かけたぞ」
 ウルズ7。瞬の耳は、宗介がぼそぼそと話していた声を聞き取っていた。どういう意味があるのかは知らな
いが、かなめなら何か知っているかと思って試しに言ってみたのだ。
 案の定、彼女はかなり動揺した。瞬を部屋の隅まで引っ張って行って、
「……御崎君。なんでその名前を知っているの?」
 と小さな声で尋ねる。瞬は微笑し、
「ふむ……。すると、千鳥は何故相良がよくいなくなるのか理由を知っているんだな?」
 この一言で、かなめは瞬がカマをかけたことに気付いた。
「……し、知らないわよ!」
 その反応が、またアヤシイ。が、彼はそれ以上尋ねずに
「……まあ、いい。私には関係のないことだ」
 と言った。
 あっけに取られるかなめ。
「余りある好奇心は猫をも殺す」
 瞬はちいさくつぶやくと、話に取り残された兵衛の元へ行く。
(……なんて言うのか……。宗介に似てるわね……)
 一部の隙もない後姿を見ながら、かなめは思うのだった。


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