ORACULAR‐WINGS■
 ■荒ぶるメタル・アーム■    <第2章>


8月12日 1428時(日本標準時間)
小笠原諸島近海 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉

 海と風が祝福する、小笠原諸島の沖の海。青い海につらなる白い波頭の向こうに、1隻の巨大な潜水艦が漂っていた。
 投げナイフのような形状をした潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉は隔壁を閉じ、ゆっくりと海面の下へ姿を消していく。
『カタパルトより発令所へ。ウルズ2、ウルズ6、ウルズ7の収容を完了。ハッチ閉鎖完了』
 〈トゥアハー・デ・ダナン〉の中枢部である発令室に、スピーカーから、管制士官の声が響いた。艦長席に座っていた少女……テッサは手元のペンを止めず、
「はい、ごくろうさま。このまま深度100まで下がってください」
『イエス・マム。深度100へ潜行します』
 操舵士が反証し、舵を操作した。〈トゥアハー・デ・ダナン〉は音もなく、ゆっくりと深度を下げていく。
「作戦は成功したようですな」
 テッサの隣に立っている副官リチャード=マデューカスがさしたる感慨もなくつぶやいた。
 作戦とはカンボジアにあるテロリスト養成所を破壊し、そこにいる人員を捕まえて政府に引き渡す事である。
 普通なら骨の折れる仕事だが、地域紛争を防ぎテロを防止する精鋭部隊『ミスリル』の腕利き3人がまだアメリカ軍でさえ実戦配備されていない新型の強襲兵器で向かったのだ。日頃の任務に比べれば、容易な方に分類された。
 艦長であるテッサ……テスタ=テスタロッサ大佐はさも平然と、
「ええ。問題なかったようですね」
「これであの国のテロも少しは大人しくなるでしょう」
 悪い芽を早いうちに摘むというのは、テロの抑制では1番効果的だ。
「ちなみにマデューカスさん、少し前に紛れ込んだ通信をどう思いますか?」
 手元の作業を終え、一息ついたテッサはマデューカスに尋ねた。
「通信と言うと……爆破予告ですか?」
 うなずくテッサ。ウルズチームが帰艦するしばらく前に『本日1700時、東京を爆破する』というメッセージが通信に紛れ込んだのだ。アメリカ軍のコンピューターでさえ手玉に取れるこの〈トゥアハー・デ・ダナン〉の通信に、である。
「そう。ただのテロリストが、わたしたちの通信に入ってくるなんて真似は無理でしょう。偶然かもしれませんけど、何かの前触れかもしれません」
「では……」
「サガラさんには悪いんですけど、今日はここに残っていてもらいましょう」



 同時刻、〈トゥアハー・デ・ダナン〉。
 凡庸強襲機兵アーム・スレイブ――ASや戦闘機、攻撃機が並ぶ格納庫で、任務を終わらせた相良宗介は空のAS用マガジンに腰掛けてカロリーメイトのフルーツ味を食べていた。
 辺りでは自分が先程まで乗っていたM9〈ガーンズバック〉を整備兵が検査している。まるでガリバー旅行記のようだ。
 ただ、あの物語の対比と比べるとASはあまりに小さい。
「よお、ソースケ」
 横からかかった横柄な声を聞いて、彼は顔だけを巡らせた。
「クルツか」
「おう、また辛気臭いツラしているな」
 そう言って、金髪碧眼の美形……しかし品位と高潔さが足りないクルツ=ウェーバーは彼のとなりに座った。
「その言葉は、以前にも聞いたぞ」
「あれ? そうだったっけ?」
 笑い、彼はスポーツドリンクを飲む。
「しっかし、ここんとこ出撃が多いよな。やっぱお前が夏休みだからか?」
 クルツの何気ない言葉。だが、宗介は腕を組むと
「……ありえるかもしれん」
 などと真剣に悩んでしまう。
「なにやってんのよ、あんたたちは」
 そんな二人に声をかけたのは、パイロットスーツを着た女性だった。名をメリッサ=マオ。ショートの黒髪で、活発な感じのする美女である。そして、クルツと宗介のリーダーでもあった。
「なんだ、姐さんか」
「どうした?」
 振り返り、正反対の反応をする二人。マオはクルツを睨むと
「なんだとは何かな? クルツ?」
「……な、なんでもねぇよ。気にしないでくれ」
「ふーん。いま、すごく残念そうだったけど?」
「いやぁ、テッサでも来たのかな〜と思って……」
「あんたって奴は……」
 彼を引っ叩きたい衝動にかられるマオ。そんな二人をよそに、宗介はカロリーメイトを平らげていた。そこはかとなく、満ち足りた様子である。それに気付いたクルツが
「うまかったか?」
「うむ。甘味がほどよい」
 マイペースに答える宗介。どことなく幸せそうなのは、たぶんクルツの錯覚ではないだろう。
「…………。で、姐さんは何か用事なのか?」
 気を取りなおして、クルツはマオに尋ねる。彼女は多少気まずそうに、
「クルツには関係ないんだけど……。ソースケ、ちょっと事情があってね。あたしたちは明後日までここで待機する事になったの」
 ちなみに宗介は、作戦終了後はすぐ東京に帰る予定だった。
「そうか」
 さして気落ちもせず、答える宗介。
「しばらくは予定が入っていなかったからな。今のうちに宿題をやっておこう」
「戦って勉強して……。ご苦労なことだぜ」
「大変ね、副業持ちの兵隊は」
 笑いながら、二人は口々にコメントした。



8月12日 1659時(日本標準時)
東京郊外 泉川駅

 ジリリリリリリリリ……
 電車の発進を知らせるベルが鳴り響き、ドアが閉まる。駅長の合図を受けて、電車はゆっくり進み出した。
 それとほぼ同時に、私服姿の青年……瞬がホームへ駆け込んで来る。彼は発進する電車を見て舌打ちをすると、
「逃したか」
 悔しそうにつぶやいた。途中で老人に手を貸していたら、時間に間に合わなかったのだ。常に殺気を放出しているような彼だが、実は老人と女子供には優しいフェミニストだったりする。以前それを知った友人は『お前がフェミニスト!? 似合わないって、おい』と言っていた。
「……まあ、仕方がないな」
 彼は溜め息をつくと、ベンチに腰掛ける。
 ちなみに彼は家の用事で新宿に行く途中であった。父の古い知り合いが新宿で店を開いているのだ。
 取り扱っている商品は、刀。『観る』ことを第一とした最近の刀ではなく、『斬る』ことを前提とした実用的な刀だ。
 その機能美に惹かれる人は多く、貿易商である彼の父親が扱う商品の中でも売れ筋のものである。
「……しかし、わざわざ私に行かせるのは納得できないな……」
 いくら売れ筋の商品とは言っても、電話で注文すればいいのではないのか。彼はそう思っていた。
 実際のところは瞬の刀を見る目……つまり鑑定眼を信用して買いに行かせているのだが、彼はそこまで気付いていない。しかし本人も気付かない内に品質のいいものを選んでいる傾向がある。商売人の血は、彼にも流れているということか。
 ともかく彼は、鞄の中から本を取り出した。タイトルは『剣豪』。相変わらずシブイ趣味である。しおりを取り、上泉伊勢守信綱の半生を読む。
 『剣聖』と謳われた彼は、瞬にとっての目標であった。それに自分の流派『柳生仙陽流』の源流である『新陰流』を成立した偉人でもある。小学校の頃『尊敬する人は?』と先生に尋ねられ、『上泉伊勢守信綱です』と答えて驚かれたのもいい思い出だ。
 過去を思いだし、苦笑しつつ瞬は本から視線を上げる。首の筋肉をほぐすため左右を向くと……視線がある一点で止まった。
 別段変わったところなどない。何人もの人が電車を待っているだけだ。
 だが、その中の一人……18歳ほどの女性が、どうにも様子がおかしい。落ち付きなく、辺りに視線を走らせている。強いストレスでも感じているのだろうか。
「…………」
 何か不吉な『予感』を感じ、本をしまって女性に近づいてみる。
 女性は茶色の髪と茶色の瞳を持つ美人だった。身長は170cmほどか。瞬と大して歳が離れていないように思えるが、その表情は大人びていた。
 僅かに挙動不審な以外問題はなさそうなのだが……。
 それとなく様子を見ていると、女性は瞬に気付かずホームを下りていった。
 もうすぐ電車が来るというのに。しかも、持っていた紙袋を置いて。
「…………」
 心の中で『嫌な予感』がひしひしと大きくなっていった。とりあえず、忘れ物の紙袋を持ってみる。
 耳を済ますと、袋の中では時計が動いているような音がしていた。
「…………」
 『時限爆弾』という不吉な4文字が頭をよぎる。ありえないわけではない。最近、日本の治安は低下している。6月にも巨大ASによるテロがあったばかりだ。
 その場で紙袋を開けてみたくなった瞬だが、それは止めた。光センサーが内蔵されていて、開けた瞬間にドカン、という可能性もあるのだ。
 爆弾か否か、確認する必要がある。瞬は袋を持って、女性の後を追いかけた。
 いた。改札の前。
「すいません」
 瞬が声をかけると、女性はオーバーなほどに驚いてこっちを見た。
「な……なんでしょうか?」
 かなり動揺する彼女。瞬はそれを気にしないふりをして、
「これを。忘れ物です」
 と言ってから紙袋を差し出した。
「……あ、ありがとう……」
 うろたえつつ、受け取る女性。彼女は礼も言わず、紙袋を持ってどこかへ向かう。
 当然気配を殺し、後を追う瞬。嫌な予感が消えない。 尾行には気付かず、女性はホームの端の人気がない所まで歩いて行く。辺りに人がいないのを確認すると、例の紙袋をゴミ箱に捨てた。そして自分は脱兎の如く駆け出す。
 もう間違いないだろう。爆弾だ。
 瞬は紙袋を手に取ると、全力で走り出した。まるで一陣の風のようにホームを突っ切り、フェンスを一足飛びに飛び越える。その動作はあまりに素早く、まさに『風』と表現するのが相応しい。クラクションを無視して道路を横断し、手近な広いスペース……ビルの建設予定地の中心に向かって、紙袋を全力で投げた。
 それはきれいな放物線を描いて飛び――
 どごおおぉぉぉぉぉん!
 地面に着地した瞬間爆発する。凄まじい衝撃波と天を焼く炎。鼓膜をつんざく爆発音。辺りのビルの窓ガラスがびりびりと震え、痛んでいた何枚かは割れて破片の雨を降らせた。
 かなり強力な爆弾だったようだ。TNT……もしくは2液混合方式の高性能爆薬を使った物だろう。
 爆風に服と髪をはためかせながら、瞬は誰にともなくつぶやいた。
「やれやれ。泉川も物騒になったものだ」



8月12日 1700時(日本標準時間)
小笠原諸島近海 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉

「おい、ソースケ」
 愛用の銃――オーストラリア製のグロッグ19を分解整備していた宗介は、クルツの横柄な声を聞いて振りかえった。
「どうした」
 磨耗した部品を交換しながら尋ねる彼に、クルツは興味深そうな顔で言う。
「さっき聞いたんだけど、東京の各所で爆弾テロがあったらしいぜ」
「そうか。イスラエルや北アイルランドでも頻繁にあるぞ」
 日本で爆弾テロという事の重大さが分かっていない宗介は、銃の整備を続けながら答えた。クルツは頭をかくと、
「お前らしい答えだよ、ホント。だけど、テロがあった場所の一つが泉川だとしても平然としてられるか?」
 泉川。宗介やかなめが通う陣代高校の近くだ。
「……で、被害は?」
 多少不安げな顔をして尋ねる宗介。クルツは肩をすくめると、
「それが、なかったんだよ。ただ一つ気になってな……」
 彼はそう言いつつ、ある人物の事が書いた経歴書を宗介に渡す。
「これは……」
「やっぱり知り合いか?」
 うなずく宗介。
 ″御崎瞬(Syun misaki)″
 経歴書には、そう書いてあった。当然、瞬の事である。
「何もんだ、こいつ? 目撃者の話では、かなり手馴れた様子で爆弾を処理したらしいぜ」
「俺の友人だ。謎な所が多いが、かなり腕が立つ。接近戦では、たぶん俺より強い」
 断言する宗介。クルツは信じられない、という顔をした。
「マジか?」
 精鋭中の精鋭であるミスリルで、最高の戦士の称号である『ウルズ』を持つ宗介。その戦闘力は非凡である。その彼をもって、自分より強いと言わしめたのだ。
「ああ。それにASの操縦経験もあるそうだ」
「ASって……民間人が? 操縦した機種は分かるか?」
 記憶を辿ると、以前キャンプへ行った時に言った彼の言葉を思い出した。
「ザベージ……だったはずだ。バイラテラル角は3.3がちょうどいいとも言っていたな」
 むくむくと、クルツの中で瞬への興味が頭を持ち上げる。
「不思議な奴だな。今度会ってみたいもんだぜ」
「ふむ。今度東京に来たなら紹介しよう」
 と。スピーカーから艦内放送が流れた。
『サガラ軍曹、ウェーバー軍曹、メリッサ曹長は至急第1状況説明室に来る事』
 第1状況説明室。つまり、何か厄介ごとが発生したという事だ。
「やれやれ。仕方ねぇな」
「行くぞ」
 宗介とクルツは、連れ立って歩き出した。



8月12日 1900時(日本標準時)
東京都 泉川 御崎家

 トントンと、リズミカルな包丁の音が響く。瞬は多少遅い夕食を作っていた。
「悪いな、梢。待たせてしまって」
「謝る事はないわよ。お父様の用事なんでしょ?」
 御崎家の同居人である篠宮梢は、食器を出しながら言う。彼女は、とある事件が縁でこの御崎家に居候しているのだ。周囲からは二人は恋人だ、と言われているが彼らはそれを肯定もしていないし否定もしていない。微妙な関係のまま、それでも仲良く暮らしている。
「まあ、そうなのだが……。あの人は『お父様』ってガラではないぞ」
 調理を続けながらぼやく瞬。梢はほほえむと、
「でもわたしはお父様と会った事が無いし、話しも電話で少ししただけでしょ。それだけじゃあどんな人なのか、イメージがわかないわよ」
 いっそのこと、会わない方がいいかもしれん……。瞬は、ふと思った。
 なにしろ豪快で型破りなのである。生まれて一年もたっていない息子を連れて海外に旅に出るような。
 ちなみに瞬が物心ついて初めて日本に帰ったのは、6歳の時であった。つまり5年間もの間、ずっと海外で過ごしていたのだ。小学校に入学してからも、瞬はよく海外へ父親に連れられて強制的に旅に出ている。
 アメリカ、ソ連、中国、ブラジル、メキシコ、ポルトガル、イタリア、ローマ、アフガニスタン、カンボジア、南アフリカなど。なんでも瞬の修行のため、あえて治安の悪い所を巡ったのだとか。
 大きなお世話である。それでいて日本の普通教育と同じレベルの勉強をさせるのだから、彼にとっては生き地獄以外の何物でもなかった。
 だがメリットとして、異常な戦闘力とASの操縦知識、武器の扱いと様々な言語を話せるようになった事があげられる。
 それにしたって、息子に徹底したスパルタ教育を施すなど……。
 『ああは成るまい……』と思い、瞬は父親の背中を反面教師にして育ったようなものだった。
「……どうしたの? ずいぶん複雑そうな顔をしているけど……」
 心配そうな梢の声で、彼は我に帰った。
「……ちょっとな。父さんの愚痴を考えていたところだ」
 冗談を言いつつ、料理を続ける。ぼーっと考え事をしている時でも、体に染みついた料理人の技は確実に食材を調理していた。これも、修行で得た特技の一つである。
 やがて彼は切った食材を鍋に放り込み、強火で炒め出した。手首を使って鍋を揺すり、炒め具合を均等にする。そして細く切った筍と肉を入れ、水で溶かした片栗粉を入れてとろみを付ける。
 今日は珍しく、中華料理だった。『青椒炒牛肉絲』である。
「どうだ? 久しぶりに作ってみたのだが……」
 多少心配そうに尋ねる瞬。料理を食べた梢は顔をほころばせ、
「うん……。おいしいわよ。大丈夫」
 勢いよく食べながら言った。
「そうか。慣れない物だから、どうかと思っていたのだがな」
 などと言っているが、味はかなりのものだったりする。先天的に『美味い』味を作るのが上手いのだろうか?
「そういえば……瞬は、どんな料理を作れるの?」
「和食が得意だが中華、イタリアン、フレンチ、ベトナム料理などもできるな。ただ、味は和食に比べて落ちるぞ」
「でも、毎日和食じゃあきちゃうわよ」
「……まあ、そうだな。分かった。洋食も作るとしよう」
 まずは香辛料を買わないといけないな……。食事を続けながら瞬は考える。
 と。
 ジリリリリ、と電話が鳴った。
「あ、わたしが……」
「いや、いい。私が取ろう」
 腰を浮かせる梢を制して立ち上がり、彼は受話器を取る。
「はい……御崎です」
『相良だ』
 相手が宗介だと分かって、目を細める瞬。いつもの口調に戻ると、
「こんな時間に何の用だ?」
 と尊大っぽく話を切り出した。
『実は困った事になってな……。よければ力を借りたい』
「ふむ……。ヤクザの組を潰すくらいなら請け負うが」
 さらり、ととんでもない事を言う瞬。電話の向こうで、苦笑する気配があった。
『いや、そうじゃない。……待ってくれ、もう一人と変る』
 少しの間、呼び出し音がかかる。公衆電話でなく、携帯でかけているようだ。
『あ、もしもし? 変りましたけど』
 やがて受話器から聞こえてきたのは、聞いた事のない女性の声だった。
「……名は尋ねないでおきましょう。私の力を借りたいらしいですが、具体的には何を?」
 淡々と言う瞬。相手は結構面食らったようだ。動揺した気配が感じられる。
『…………。ソースケの友達って、あなたみたいな人ばっかり?』
「……私は彼の友人の中でも、特異な方に分類されると思いますが」
 沈黙。相手は瞬のペースに飲まれているようだ。
「……で、具体的には?」
 も一度尋ねてみる。相手はこほん、と咳払いをすると、
『あなた、ASに乗れる?』
「…………問題ありませんが」
 厄介ごとに巻き込まれたのを自覚しつつ、答える瞬。
『実戦経験は?』
「模擬戦ならあります。M6相手にザベージで」
『……負けた?』
「勝ちました。相手は本気になっていたようですが……」
 相手が熟練者かどうかは分からないが、相手の機体より劣った機体で撃破するのは並大抵の事ではない。
「……つまり、私に戦力になれと?」
『うーん……。そうなるわね。あたしも民間人を巻き込むのは嫌なんだけど……やってくれる?』
 しばし黙考する瞬。だが、答えは決まっていた。
「……集合時間と集合場所を」
『それじゃ、8時までに大井埠頭まで来てちょうだい』
 大井埠頭。品川区にある、大きな埠頭だ。道順も、移動手段も問題ない。
「了解。2000時までに大井埠頭。すぐ行きます」
 彼は反証すると、受話器を置いた。
「……出かけるの?」
 多少心配そうに尋ねる梢。瞬は小さくうなずくと、微笑して言う。
「ああ。遅くなりそうだから、先に寝ていてくれ」
「ううん。わたしも起きてるわ。……気をつけてね」
「分かっている。……では、行って来るな」



8月12日 2000時(日本標準時)
東京都 品川区 大井埠頭

 瞬への電話からきっかり一時間後。
 腹に響くような重低音の排気音と共に、大型のバイクが埠頭にやって来た。かなり大型だ。排気量とデザインから、海外製のものだと思えた。
「お、来たか?」
 車に腰掛けていたクルツは、その音を聞いて本から顔を上げる。
「きっかりね」
「うむ。あいつは時間に正確な男だ」
 車の中で話をしていた宗介とマオも、外に出た。
 バイクは徐々に減速して、彼らの前で止まる。搭乗者……瞬はエンジンを切ると、バイクから下りてヘルメットを取る。
「へぇ……」
 マオが、思わず声をもらす。瞬の顔に見惚れての事だった。だが同時に彼女は、彼が身に纏っている殺気にも気付いているようだ。いや、ある程度武道を経験した事がある人なら気付くだろう。それほどに強烈な殺気だった。
「……あなたたちが相良の仲間か? 私は御崎瞬だ」
 彼は単刀直入に自己紹介する。まるでマオやクルツと知り合いになるのさえ拒絶しているかのようだ。
 それでも二人は自己紹介した。
「……ああ。マオとウェーバーだな。承知した」
 瞬は抑揚なく答えた。
「……呼び出してすまないな」
「問題ない」
 宗介に応じる瞬。やはり、いつも以上にコミュニケーションを取ろうとする意志が希薄だった。
 彼は厳しい目で辺りを見まわし、状況を確認する。その態度に腹を立てたクルツが、
「……わざわざ来てくれた事には感謝するけどさ。もちっと打ち解けようとしないのか?」
 と刺々しい口調で言う。すると瞬は、自嘲気味に笑いながら答える。
「…………。15年間も治安の悪いところを転々としていると、いろいろ分かる事もある。例えば…………厄介ごとに首を突っ込んで全てを知ってしまうと、抜けられなくなる……とかな」
 その姿は、とても17には見えなかった。もっと歳を取っているのではないかと、多くの人間を見たマオやクルツにさえそう思わすほどに。
「……いろいろあったのね」
「まあ、ロクな人生ではなかったな」
 瞬は、断言した。
「……親しい人が死ぬのを見ながら過ごしたような人生だったから」
 感情を押し殺した、無機質な顔。だからこそ、よけいに悲哀を湛えて見える。
 だが瞬はすぐに微笑すると、
「……さて。私は何をすればいい?」
 と無機質に言った。
 その言葉で我にかえったマオは、無線機に向かって指示する。
「フライデー、電磁迷彩カット」
『イエス・サージェント』 突然空間にプラズマのような光が走り、何もない空間から全長8メートルのASが姿を表した。
「……ふむ。完全なECSを搭載しているM9か。とすると……〈ミスリル〉だな。私に頼みたい事とは『ASテロを片付けるのを手伝え』といったところか」
 それを見た瞬が、ぽつりとつぶやく。全てを知っているぞ、といった顔である。
(……ソースケ。彼って、本当に何物なの?)
(知らん。本人に聞いてくれ)
(なんで一発で俺たちが〈ミスリル〉だって分かるんだ……?)
 彼の言葉を聞いた3人が、ぼそぼそと言った。
「……だが、この機体は司令官用の特殊装備をしているようだ。私をこんな高価な機体に乗せるわけにはいくまい」
 レーダーなどが搭載されている頭部を見ながら感想をもらす彼。
「ああ、あなたのはこれよ」
 マオは無線機に向かって何かを指示する。するとM9のそばに別の機体が、電磁迷彩をカットして『現れた』。この機体もECSを搭載しているのだろう。
 だが、その形状はM9とは大きく違っていた。M9は『全身鎧をつけた騎士』といったシルエットをしているが、この機体は『部分鎧をつけた剣士』といった格好だ。装甲は薄いが、そのかわり機動性を重視しているのだろう。武装は腰のマウントにつけている剣のみ。単分子ブレードか?
「あの機体は、〈ルーグ〉ってよばれているの。機動性と接近戦の能力を特化させた、強襲のための試作機体。装甲は薄いけどかなり素早いから、あなたが強いのならザベージくらいじゃ攻撃を当てられないはずよ」
 マオの説明を聞きながら、瞬は〈ルーグ〉に見入っていた。
「……乗ってみてもいいか?」
「いいわよ。そのかわり壊さないでね」
 手をあげて答え、彼は〈ルーグ〉に乗り込む。ハッチはもともと開いていた。苦もなくコクピットに滑りこみ、操作菅を握る。
《声紋チェック開始。姓名、階級、認識番号を》
 若い女の声で、人工知能……AIが告げた。
「名は御崎瞬。階級、認識番号は無い」
《ラジャー。命令をどうぞ》
 ……いいのか? 了解しても?
 AIがあっけなく自分の操縦を認めたのに驚き呆れながら、それでも瞬は指示を出す。
「ハッチ閉鎖。ラン・モード4、バイラテラル角3.4」
 復唱。AIは指示通りに、素早く機体を調整した。
『どう、ミサキ? 機体の調子は?』
 無線機から、マオの声が入ってくる。彼女もM9に乗りこんでいた。宗介とクルツも同じくM9に乗っている。
「いい機体のようだな。AIも高性能だ」
 答えてから、彼は機体を走らせた。爆発的な瞬発力で時速180kmまで加速し埠頭を突っ走る。かと思えば急停止。
突然真横に飛び、ランダムな横移動をする。
「ザベージとは桁違いの運動性だな……! パワーも比較にならない……」
 慣性による強烈なGに耐えながら、彼はコメントする。
 ちょっと考えてみて欲しい。全速力で走る車が激しく上下しつつ急停止したり、真横に移動したりするようなものなのだ。
『おい、あまり無茶はするな』
 みかねた宗介が通信してくる。
「この程度の運動は大丈夫そうだ……。サスペンションも上等なものを使っているし……衝撃緩和剤と耐G機構もM9以上のものを積んでいる……!」
 耐G機構。それは、搭乗者にかかるGを軽減するための装置だった。この機体のコクピットはパーツの一つであり、本体と独立している。そして本体とコクピットブロックの間には、いくつもの衝撃緩和用シリンダーが付けられていた。油圧ピストンのように、高粘度の液体で衝撃を吸収する装置だ。
『武装は軽装だけど……使える? 腰にマウントしている超振動ブレードと超振動ナイフ、頭部チェーンガンと胸部多弾頭ミサイルよ』
「ふむ……」
 瞬は走るのを止めると、腰の兵装取り付け具から超振動ブレードを外す。
 そして気合を溜めて大上段に振りかぶり――
 空気を切る音がしたと思ったら、一瞬の内に〈ルーグ〉は剣を振り終えていた。
『ヒュー! お前、本当に民間人か?』
 クルツが口笛を吹く。
 すでにこの機体は、瞬の手足も同然であった。大地を駆ける足は瞬の足であり、刀を振るう手は瞬の手である。
「……ところで、AIよ」
《何の用でしょうか?》
「名は?」
 何かにつけてAIでは、多少面白みが無い。そう思って尋ねた瞬だが、
《ワタシの名前は〈モリガン〉です! よろしくお願いします、シュン!》
 というやたらと人間チックなAI……〈モリガン〉の声を聞いて眉間にしわを作った。
「……マオ。このAIは……?」
『ああ……そいつはね、プログラマーがちょっと趣味に走って作ったやつなの。思考ルーチンを強化して、人間と同じように話し、考えるのが『売り』だって言ってたわ』
「……とんでもないな」
 戦闘機械のASにそこまで高尚なAIを積まなくてもよかろうに……。経費の無駄になるのではないのか、などと瞬が悶々と悩んでいると
『……そろそろ時間だな。それじゃ手はず通り行くぜ』
 クルツの乗る〈ガーンズバック〉がECSを発動させて姿を消した。
『了解。俺も行こう。瞬、幸運を』
 続いて宗介の機体も姿を消す。
「……そろそろ指示を頂きたい」
『あ、ごめん。あなたには指示を出していなかったわね。あたしたちはテロを防ぐために来たの。普段なら民間人に頼むなんてことはしないんだけど……今日は部隊が大盛況でね。絶対的に人手不足なのよ。で、AS操縦の経験があって宗介がよく知っている人ってことであなたが選ばれたの。
 あなたの配置場所は台場。とりあえず橋は落とさないようにしておいてね』
「承知」
 短く答えると、瞬は〈モリガン〉に指示を出す。
「ECSオン。レーダーを作動。これより台場へ向かう」
《ラジャー!》



8月12日 2200時(日本標準時)
東京都 港区 台場

 ECSで姿を消した瞬と〈ルーグ〉は、公園の端で待機していた。
 辺りは静かで、人の気配もない。すぐ近くに見えるレインボーブリッジは煌煌と辺りを照らし、闇を鮮やかに染め上げていた。
 平和な様子だが、ここでテロが起こるかもしれないのだ。油断はできない。
「モリガン……」
 瞬は、AIに呼びかけた。
《はい? 何です?》
「相良たちの様子はどうだ?」
 しばらくの間、沈黙する〈モリガン〉。やがてピー、という電子音が鳴り、
《まだ戦闘をしていない様子ですね。付近にも、敵機の反応はありません》
 という返答が返って来た。
《ところでシュン、あなたって趣味は何なの?》
 この一言は、正直瞬も驚いた。まさかAIが雑談をしてくるとは思わなかったのだ。
「…………。私の趣味は剣術の腕を磨く事と読書だ」
《そうですか。ワタシは素敵な殿方に乗ってもらうことですっ》
「………………」
 ――プログラマー、何考えている?
 眉間によりいっそうしわを刻み、つぶやく瞬。彼は人間以上に人間臭いAI、という非常識なプログラムを組んだ奴の横っ面を殴りたくなってきた。
「……戦闘作戦中なのだから、雑談は控えておけ」
《はぁーい。分かりました》
 〈モリガン〉は素直に瞬に従った。 しばらくの沈黙。目を瞑っている瞬はその間に、敵の作戦を考えてみる。
 6月の『巨大AS事件』。あれのおかけで、警察は以前臨海副都心を重点的に警備していた。とすれば、それ以外の地域にある建物を破壊する事は比較的容易だろう。だが、まだ不安はある。そこで、警備の集中している臨海副都心の目立つものを破壊すれば? 当然、警備の大半は爆破地点へ集まるだろう。そのうちに各施設を爆破すれば、リスクは最小限ですむ。あとは警察より早く逃げるだけだ。
 ちなみに『テロリストがASを使う』という過程の根拠は、その派手さにある。敵がASをいくら持っているのかは知らないが、派手にテロをするなら爆破よりASを使った方が民衆の興味を集める事ができるのだ。それに戦闘になった場合にも、現代最強の陸戦兵器ASなら、戦車か同じASでも持ってこない事には話ならない。
 つまり、軽装で戦車もASも持たない警察ではASを止める事は不可能に近いのだ。さらに軍隊が出動するまでにはややこしい手続きがあり、当然時間もかかる。その間に逃げればいいのだから、危険も少ない。
「……おおかた、こんなものだろう」
《……なるほど……。確かに一番堅実ですね、その作戦は》
 瞬の推測に感嘆の声をもらす〈モリガン〉。
《でしたら、まずここが狙われますね》
「ああ。面白くなってきた……」
 面白くもなさそうな声でつぶやく瞬。と、レーダーに何かが反応した。
《――レーダーに反応あり。〈ザベージ〉4機と……正体不明機が1機です》
「正体不明機……。西側、東側の最新鋭機種とも符合しないのか?」
《肯定よ。反応はあるけど排気音がしないの。つまりパラジウム・リアクターを積んでいるってことね。でも、反応はM9とは違う……》
 嫌そうな声で言う〈モリガン〉。ちなみにパラジウム・リアクターとは、パラジウムを触媒として3重水素を核融合させる発電機関だ。これは最新型の発電機関で、膨大な電力をほぼ無音で発電する事ができる。対して〈ザベージ〉にも積まれている旧式のガスタービン・エンジンは1キロ先からでも分かるような剛音を轟かせるのだ。
「……さて。そろそろだな」
 瞬は関節のロックを解除し、機体を立たせた。
「出力上昇。戦闘モード。いくぞ……」
《了解!》
 AIの返事を聞いてから、ゆっくりと機体を走らせる。 ――見えた。〈ザベージ〉だ。4機の〈ザベージ〉は手に各々の得物を持ち、ばらばらに歩いて来ていた。当然、ECSで姿を消しているこちらには気付いていない。
「――おおっ!」
 鬨の声をあげ、空間からインクがにじみ出るように突然〈ルーグ〉が現れた。そして間髪いれずに超振動ブレードで〈ザベージ〉のうち1機を叩き斬る。
「まず、1つ! 次!」
 我に帰った3機の機銃掃射をスピードで振り切り、その中の1機に肉薄する。押し潰されそうなGがかかるが、歯を食いしばって耐えて超振動ブレードを振り上げ……渾身の力を込めて、振り下ろす。
 〈ザベージ〉はその一撃に耐えられず、脳天から唐竹割りになった。飛び散る火花がガスタービン・エンジンのガソリンに引火して爆発。その爆風を突き破り、〈ルーグ〉は次の獲物へ躍りかかる。
 炎を突き抜けて強襲してくると思ってもいなかった〈ザベージ〉は、回避行動もとれず横一文字に断ち切られた。
「次!」
 最後に残った1機。〈ルーグ〉は間合いを詰め、超振動ブレードを振るう。
 がぎん!
 神速の一撃は、〈ザベージ〉が咄嗟に振るったマシンガンによって阻まれた。だが完全に威力が止められるほど軽い斬撃ではない。マシンガンは半ばから真っ二つになる。
その一瞬の内に〈ルーグ〉の左腕にはATD……灼熱した刀身を持つ投擲武器、対戦車ダガーが現れていた。
「ふっ!」
 瞬は鋭い呼吸と共に手を振るう。当然〈ルーグ〉もその動きを追随し、ATDが宙を裂いて飛んだ。
 赤い閃光と化したATDは狙いあたわず〈ザべージ〉の頭部に突き刺さり、頭部に仕込んである12.5ミリ機銃の弾を巻きこんで大爆発する。
 頭部を吹き飛ばされた〈ザベージ〉は、コントロールを失い膝から崩れ落ちた。
「……これでザベージは全滅か。残りの1機は……」
 瞬間、瞬の背筋に冷たいものが走る。彼は迷うことなく、機体を全力で真横に跳ばせた。
 コンマ数秒前まで〈ルーグ〉のいた空間を、衝撃波が走り抜ける。一瞬だけモニターに焼き付いた残像は、それが銃撃だったということを示していた。
《後方、距離200! 例の不明機です!》
 〈モリガン〉が警告する。瞬は機体を振り向かせると、AIに命じた。
「チェーンガン、胸部多弾頭ミサイル、スタンバイ」
《ラジャー!》
 対する敵機は持っていた57ミリ滑腔砲を投げ捨て、腰から剣ほどの長さがある単分子カッターを取り出す。
 先程の〈ルーグ〉のデタラメな格闘能力をこの機体も見ていたはずだ。それなのに接近戦を挑もうとは――
「面白い……」
 底冷えのする声で、瞬はつぶやいた。
 その瞬間、敵機が間合いを詰める。凄まじく速い。
「チェーンガン斉射!」
 搭乗者の声に応え、〈ルーグ〉は頭部に仕込まれている13ミリチェーンガンを連射した。嵐のような弾丸を食らうわけにもいかず、不明機は横に跳んで回避する。
 そこに〈ルーグ〉が突進した。超振動ブレードを腰だめに構えて姿勢を低くし突っ込む……かと思いきや、突然後ろに跳びながら胸部多弾頭ミサイルを発射する。
 発射された2つのミサイルはある程度の距離を滑空すると、突然弾けて内部の小型ミサイルをばら撒いた。それらは敵機ではなく地面に突き刺さり、連続して爆発する。
 即席の煙幕だ。その間に〈ルーグ〉はATDを右手に3本、左手に3本で計6本を取り出していた。
「ゆけ!」
 瞬の鋭い声と同時に、6本のATDが放たれる。逆Vの字の編隊をとって投げられたそれらは、爆煙の中に消えていった。
《やりましたか?》
「いや……手応えが無い。くるぞ!」
 超振動ブレードを構える〈ルーグ〉。それを待ってでもいたかのように、煙の中から不明機が飛び出してきた。
 ギイィィン!
 超振動ブレードと単分子ソードがぶつかり、火花が散る。
「ぉおっ!」
 瞬は鬨の声をあげると、ASに乗っているにもかかわらず突き蹴りを放った。不明機は腹部に大砲のような蹴りを受け、吹き飛ばされる。そこを逃さず超振動ブレードを叩きつける〈ルーグ〉。不明機は横に転がり、間合いをとって起きあがった。
 不明機の動きと性能は、世界の十年先を行く〈ミスリル〉の最新鋭機〈ルーグ〉とほぼ互角である。
「……かなりの性能だな……。テロリストふぜいが、どこでこんなASを手に入れたのか興味深い……」
 つぶやきながら、瞬はASに八相の構えをとらせた。不明機も起きあがり、青眼の構えをとっている。
 ――ASでチャンバラとは……。バカらしいが、楽しいな。
 油断無く相手を見据えながら、心の中で言う。
 緊迫した空気。ASに乗っていて、なお瞬は周囲の空気がぴりぴりとしているのを感じていた。
「〈モリガン〉……機体の損傷率は?」
《ほとんどないわ。キックした時に足の関節に僅かなダメージがいったけど……》
 ――ふむ……。あれだけ動いても関節に負担がかかっていないか……。
 その事は、瞬にとって驚きだった。昔乗っていたザベージで同じような事をしたら、まず真っ先に関節が壊れて各坐してしまったのだから。
「つまり……遠慮する必要はない、ということか……。ゆくぞ!」
 地を蹴り、先程とは比べ物にはならないスピードで〈ルーグ〉は間合いを詰めて斬りつけた。不明機はそれを受けとめ、反撃に移る。
 まるで剣が無数にあるかのような、嵐のような戦いであった。一呼吸の内に10回以上も剣が振るわれるのだ。残像が幾重にも残り、火花が花のように飛び散る。
 その中で、瞬は悶々としていた。
 ――機体の反応が遅い……!
 集中力はどんどん高まり、1秒1秒が遅く感じる。だが機体の反応は体の動きより遅いのである。
「〈モリガン〉! 機体の反応が遅いぞ!」
 打ち合いを続けながら、殺気だった声で言う瞬。〈モリガン〉は困った声で、
《すいません、ワタシではどうしようもないんです……》
「ちぃっ!」
 舌打ちをすると、瞬は〈ルーグ〉を下げさせる。
 と、通信機から声が聞こえて来た。マオだ。
「こちらウルズ2! 都庁付近の敵は全て撃破したわ!」
 続いてクルツ、宗介の声も入る。
「こちら、ウルズ6! 議事堂付近は全滅させたぜ!」
「こちら、ウルズ7。皇居近くの敵機はすべて破壊した」
 全員、受け持った所は無事守ったようだ。
「……どうする? 他のところを襲ったテロリストは全滅したようだが」
 瞬は外部スピーカーで相手に呼びかけた。
 動揺する気配を見せる不明機。どうするのかと注意していた瞬だが、突然機体の胸部装甲の一部がスライドし、爆弾があたりにぶちまけられた。
 反射的に機体を退く瞬。それとほぼ同時に、爆弾が爆発する。
 突然、画面が乱れた。ノイズが走り、色が白黒になる。通信機からも、ザーという音がなっていた。
「チャフグレネードか……!」
 爆発すると電磁波を撒き散らし、精密機械の目をくらませる兵器。瞬は、それの正体にすぐ思い当たった。
 乱れてノイズだらけの画面の向こうで、不明機は〈ルーグ〉に背を向けると海に飛び込む。水面に大きな水柱が上がり……、しばらくたっても、何も起こらなかった。
「逃げたか……」
 そうつぶやいてから、瞬は自分が汗だくになっているのに気付いた。



8月12日 2330時(日本標準時)
東京都 品川区 大井埠頭

「はい、ご苦労様。ごめんね、こんな大変な事に巻きこんで」
 〈ルーグ〉から降りた瞬に、マオはちょっとすまなそうな声で言った。時刻はすでに12時に近く、月が辺りを明るく照らしている。
 瞬はふう、と溜め息を一つつくと微笑して答えた。
「大変だったが……このくらいなら問題ない。また何かあったら私に連絡してくれ」
「いいのか、お前? そんなこと言って」
 クルツが苦笑するが、
「そうか。なら、また頼もう」
 宗介は大真面目に言った。
「宗介、マジか?」
「私はかまわないぞ」
 冗談だろ、という顔のクルツに対し、瞬は極めて真面目そうな顔で言う。
 ――本気ね、この子……。
 さすがのマオも、戦々恐々とした。
「……ところで、あの〈ルーグ〉……。もう少し機体の反応速度は上がらないのか? 私の動きについてこれていないのだが……」
 会話が一段落するのを見計らって、瞬は誰とは無しにつぶやく。だがその一言はウルズチームの動きを止めるのに十分だった。
「御崎……。本当か? 運動性ならM9より上なのだが……」
 宗介が言うが、瞬は涼しい顔で
「なんなら、戦闘データを見てくれ」
 と答える。特に気取った様子も無い。3人は、彼の言っていることは本気だと直感した。
「……さて。事件は終焉を告げた様子だ。私は帰らせてもらうぞ」
 ポケットからバイクのキーを取り出し、その場から去ろうとする瞬。それを慌ててマオが制した。
「ちょっと待って。今日の事は……」
「……これだけ高性能なASを所持している組織だ。存在そのものが機密だろ? 私も分別はあるつもりなのでな。言うわけが無い」
 あっさりと、さも当然といった様子で答える瞬。
「それでは相良。また明日、学校で会おう」
 彼はそう言うと、今度こそバイクにまたがり闇の向こうに消えて行った。
 その様子をしばらく呆けたように見ていたマオは溜め息を一つつくと、
「何と言うか……。不思議な子ね。ある意味宗介に似ているし」
 とつぶやいた。宗介が抗議の視線を向けるがそれを無視し、
「さて、帰艦するわよ!」
 と明るく言った。



8月13日 1000時(日本標準時)
東京 陣代高校 生徒会室

「だあ〜〜っ! また負けかよ!?」
 静かな室内に、兵衛の声が響く。昨日に続いて将棋で計5連敗した瞬間だった。対戦相手である瞬は紅茶を飲み、
「やれやれ……。懲りない奴だな……」
 と嘲笑した。
「お……おのれ……」
 拳を握り締め、ふるわす兵衛。
 生徒会室には瞬と兵衛、梢とかなめの姿があった。いつも通り、生徒会室で文化祭の準備をしていたのだ。
「ホントにあんたたちって見ていて飽きないわね……」
 ポテトチップスを食べつつ飽きれたように言うかなめ。梢は微笑み、
「あれが二人の自然体ですからね。コントか漫才だと思って聞いていた方がいいですよ」
 とコメントした。
 と、がらりと音がして扉が開く。そこには……
「よう、相良」
「おはようございます、相良さん」
「おはよっ、ソースケ」
「ああ」
 宗介は、皆の挨拶に短く答えた。そしてつかつかと瞬に歩み寄り、
「御崎……ちょっといいか?」
 と言いつつ彼を隣の準備室に引っ張っていく。
「……昨日の事だが……」
「安心しろ」
 宗介の言いたいことを察して、微笑しながら彼の言葉を遮る瞬。
「昨日の事は、誰にも話していないし話す気も無い」
「……何故だ?」
「それが私の処世術だからだ」
 彼は短く答えた。
「軍隊でもそうだろう? 例えば下士官の場合、知る事のできる情報は限られている。機密保持の為に必要なことだ」
「それはそうだが……」
「なにより、情報を知ったが為に厄介ごとに巻き込まれる可能性が高い。これ以上厄介ごとに付き纏われるのはごめんだ」
「むぅ……」
「分かったか? では、私は生徒会室に戻るぞ」
 その場で腕を組み考える宗介の横を通りすぎて、生徒会室に戻る瞬。だが、彼は心の中で自嘲気味につぶやいていた。
 ミスリルという厄介ごとには、もう巻き込まれてしまったようだがな……と。


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